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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

至上の愛

関西弁
昨日図書館へ行き、図書館、図書館、と私は図書館の話ばかりをしているが、私が行くところなんて図書館くらいしかないので、勘弁して読んでもらいたい。私の言う図書館、とは、例の隣の釣り堀を埋め立てて駐車場にした図書館である。しかし昨日は空模様があやしく、釣り堀の方は屋根がないので屋根のある方の駐車場に車を停めた。強いて言えば、という話だが私は屋根のない図書館の方が好きである。春から秋口にかけて日向の白いラインの内側に車を停めて戻ってくると車の中は蒸し風呂のようになっているのが好きだ。昔母が乗っていた車は赤で、シートは黒くて安っぽい革製でタバコの臭いが染み付き、それが太陽に照らされて熱くなっている。そこにランニングの肩を押し付けるのが今思えばとても愉快だった。その時私と母は病院に来ていた。病院の駐車場は砂利だった。

図書館の話に戻るが昨日はジョンコルトレーンの至上の愛を借り、これはかつて先生に、
「あれはやめておいた方がいい」
言われていたアルバムだったので、今の今まで聞いたことがなかった。どうしてやめた方が良かったのか、その時詳細を聞いたのかもしれなかったが、聞いていない気もする。忘れた。私はスタジオの狭い待合にいて、ジャズでお勧めがあれば教えてほしい、と先生に頼んだのだ。その前にはただお勧めを、と頼んだらトライバルテックというバンドのCDを貸してくれて、しかしどんな音楽だったか、微塵も覚えていない。先生とは私のドラムの先生のことであり、私は先に述べた社長からプロになりたければレッスンを受けろ、と言われ、私たちのバンドは3人だったが、他の2人が割と早い段階でレッスンに申し込んだが、当時から疑り深い性格の私は、少なくとも1時間はレッスンについての議論を社長とし、ここまで話してやめますと言うのも悪い気がしたのでレッスンを申し込んだ。その時私は私の考えを述べたわけだが、相手からは
「何を言っているのかわからない」
と言われた。私は思っていることを素直に述べると、相手に理解されないことがよくある。それからずっと後に派遣で勤めた会社を辞める時に役員の人と話した時にも「わからない」と言われた。その時私は「自分の行動や言動は、常に間違っていると思いたい」と言ったのだった。極めてシンプルな考えだが、相手がわからないと言った気持ちも、私には理解できた。その人は関西弁で喋る人だった。関西弁の人には、私の考えは理解できないということだ。私は夏の終わりから冬の終わりまで、半年間その会社に勤めたが、関西弁の人は、その間に社内の評価を著しく下げた。