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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

記憶の石

記憶の石
1小学校1年の頃に、親子で川原に石を拾いに行くという行事があった。あるいは、あった気がする。石を持ち帰り、そこに絵を書くのだ。石は重いし、それと尖っているのもあるから、先生は前日に
「袋は必ず二重にして持ってくるように」
と指示した。怖い先生だったから、それに今回は親も一緒だったから、全員が袋は二重にしたはずだ。それでも帰り道で穴があいてしまった生徒もいた。その人は欲張りで、石を詰めすぎたのである。帰り道は砂利道で、両サイドにススキだとか背の高い草がせり出してきていた。親子は肩を寄せ合うようにして、来た道を引き返した。私は持ち帰る石はほどほどの量にしたから、穴はあかなかったが、それでも重かった。当時はまだコンビニなんてなかったから、用意したビニール袋はイトーヨーカ堂のものであった。私はそのときはもう小学生だったから、おそらく袋は自分で下げて帰った。

2その1年か2年前に、私は幼稚園児であったが、そこでアサガオを飼育しようということになって、各人に青い植木鉢が配られ、まずは植木鉢に石を入れると説明があったので、私たちは列を作って駐車場へ行って石を拾った。幼稚園の建物は丘の上にあり、駐車場は下だったから、私たちは坂を下った。坂はコンクリートだった。私はこんなおおぜいで石を拾ったら、駐車場の石がなくなってしまうんじゃないかと心配になったが、石はなくならなかった。駐車場にはバスが2台停まっていて、バスは黄色かった。私はかつてバスの中で前の座席の子に顔のほくろが多いことを指摘され、その数を数えられ、私は泣き出してしまった。

3石を入れた後は、砂と土を入れ、砂と土は庭の方で入れるので、坂を登らなければならなかったが、石の入った植木鉢を持っていたから、普段よりも足が重かった。コンクリートは横向きに溝が掘られており、溝には細かい砂が詰まっていた。坂の左右には硬そうな葉をつけた木が生い茂っていた。たまにそれをもぎ取る子供がいて、それらは通貨として使用されたりした。門は古く、黒かったが錆びている部分は塗装が浮いて、剥がれていた。

4そうやって手順通りにアサガオの種を蒔いたが、私のアサガオはいっこうに生えてこないから、私は不安になってきた。

(つづく)