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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

結婚は人生の地獄

村上春樹 読書瞬間

村上春樹の本を読んでいたら、それは読者の質問に村上春樹がメールで答えるという趣旨で、質問する人ももちろんメールだ。
「結婚している知人が「結婚は人生の地獄だ」と言ってますが、そうなのですか?」
という質問があり、「地獄」ではなく「墓場」なのかもしれなかったが、ニュアンスは伝わるだろう。しかし、私はこうして毎日身をすり減らしながらこうして書いておいて、ニュアンスが伝われば良い程度の書き方でいいのだろうか? きちんと地獄と墓場も使い分けなければいけないのではないか、と思いながら本音では全く思っていないのである。というかAndroidで書くのにまだ不馴れでそこまで考える余裕がない。

それで村上さんは
「はい、結婚は地獄です。でもどうせ一人でいても地獄だから同じことです」
と答えていて、私はぽんと膝をうち、腑に落ち、どこから独身者は天国みたいな思想が生まれたのか、むしろ疑問を持つようになる。それから誰かに結婚したら最後みたいな話を振られたら、上記の返しをしてやろうと思っていたのだが、もう結婚して随分経つが、全くそんな話題を振られることはなかった。それは私が既婚者だから、既婚者に対してそんなことを言うのは失礼だから、という理由があるからだが、私の友人はわりと失礼なことを言うのである!

ところで、この前 id:tsundokusyo さんのブログで既婚者と独身者のやり取りの模様が書かれていて、私はそれを読んだ。それで、私は独身者が独身であることの語りの部分で、
「国に貢献できなくて申し訳ない」
と話しているところがあって、そこが引っ掛かった。結婚していない人、子を産み育てない人は国に対して後ろめたいような気持ちを抱いているのだろうか。

国という存在、マスコミなのかもしれないが、少し「少子化少子化」と言い過ぎなのではないだろうか。そういう風に言うから、結婚や子育てが義務のように感じてしまうのかもしれない。義務になってしまったら、義務というのは、やりたくないことをやらせるための決まりみたいなものだから、子育て=義務みたいなイメージがついたら、節税のように、なるべく軽くするべき負担、という風にとらえてしまうのではないか。かつてベビーブームというのがあって、多分みんなで、国も含めて「子を作ろう、子を作ろう」とやっていたら、たくさん生まれた。それでその人たちが老人になって、「老害だ」とか「不景気の原因だ」とか後ろ指を指されて、どうせそんな風になってしまうんだったら、やはり子供なんてつくらない方がいい、と思えてくる。