意味をあたえる

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私の弟は6歳下である

子どもは愛情を感じているのかという話 - いつか朝日が昇るまで

今朝、上記の記事を読ませてもらい、次のようなことを考えた。もし私が今小学生だとして、記事のように「親の愛情感じる?」と聞かれたとしたらどう答えるか。私は「はい」と答えるだろうが、それは多分相手がそういう答えを望んでいるからそう答えるだけであって、本音としては「よくわからない」だろう。というか、今私はふたりの子供の親であるか、その人たちに愛情を注いでいますか? という質問をされたとしたら、やはり「わからない」と答えるだろう。もちろんそういう答え方をしたらややこしくなりそうな場面であれば、私は「はい、注いでいるつもりです」と答えるだろう。

私には6歳下の弟がいて、弟は私が幼稚園年長組のときに生まれた。私ははくちょう組で、母が出産の際には父方の祖父母の家で面倒をみてもらうことになっていて、母は入院すると割とすぐに
「生まれた」
という連絡がきたから、私と妹はがっかりした。私たちはいつもと違うところで寝泊まりするのが楽しく、母が帰ってくるのが遅いほうが望ましかったからだ。妹は私より3歳下で、私が3歳のときのことを思い返すと、がっかりしたのはあるいは私だけだったのかもしれない。

弟が生まれると私はやがて小学生になり、そうすると私は帰り道で友達に
「弟ばかりかわいがられてずるい」
とこぼすようになった。これは多くの兄、姉の立場の人ならば、心当たりがあるだろう。だが、それに加えて弟が少し大きくなると、父は弟の行動に特別なものを見出したのか、
「こいつは大きくなったら大物になる」
と言うようになった。私はそんなことを言われず、言われるとしたら「やさしい」とそんなのばかりだったので、がっかりしてしまった。しかし私は代わりに母からよく「頭がいい」とほめられた。母は結構な回数で褒めてくれたので、周りも私が頭がいい人なんだと思い込むようになった。

それから十数年が経って、私たちは大人になって、あるとき父と飲みながら話をしていたら父は、
「俺は光弘が子供のときにはなにもしてやれなかった」

  • と言い出したから私はとても驚いた。ちなみに弟は小学生になるとサッカーを始め、そうすると父もサッカーを始めて保護者同士のチームに入ってそれは今でも続いていて、だから私としては弟が父から1番かわいがられていたと思っていたのである。私が小学生のときには父は仕事人間だったから運動会にも来てくれたことはなく、少林寺拳法を5年生から私は始めたのだが、送り迎えはいつも母の仕事だった。少林寺拳法は土曜の夜と日曜の午後と決まっており、冬になるとオリオン座が見え、私は今でこそ寒がりだからオリオン座なんて悠長に見られないが、当時はそうでもないし、汗をかいた後だったから、すごく爽やかな気持ちでオリオン座をみあげた。

こんな風に書いてしまうと、私は父からの愛情はみんな弟に取られてしまったような書き方になってしまったが、それからまたしばらくして、母から、私は小学4年のころはいじめられっ子だったのだが、私が帰り道でいじめられている様子を、父はあるとき車で後ろからついていって、内緒で見ていた、という話を聞かされ、私はとてもびっくりした。その後の話なのかは知らないが、私は父にケンカの仕方を教わり、
「とにかく鼻を狙って殴れ、ただしパーだと鼓膜が破れるからグーでやれ」
とアドバイスされた。だから、私はその通りやったら、たまには誰かを泣かすことができたが、そうすると翌朝には向こうは数にものを言わせて私をボコボコにしてきて、結局私も泣かされた。やがて学年が変わるとそういう人たちとは違うクラスになったから、いじめも自然となくなり、今度は私は調子にのって、誰かのいじめに加担したりもした。その子はやがて登校拒否になってしまった。だから、私は別にただの被害者面をしたくないから、いじめのエピソードを書くときは、いじめてこともセットで書かなければいけないと思い、ついでに書いた。

私はだから、父親の愛情については、知らなかったか、忘れてしまったのだろうと思った。私の家には家族の写真がほとんどなく、しかし私が結婚するときに幼いころの写真が必要になって相談すると、押入れの奥から写真は出てきて、母親の話によると、私の幼いころの写真は割とあるのだが、妹と弟の写真はあまりなく、そのためずるいと思われそうだから、ほとんど目につかないところにしまったそうなのだ。だから、父が「仕事が忙しくて弟になにもしてやれなかった」というのは、本当の話で、私は幼いころは父とたくさんの時間を過ごしたのかもしれない。

ところで私は弟ともう1年近く会っていないが、前に飲んだときに弟は
「俺は両親を尊敬している」
と言っていて、私はそのときは反論はしなかったが、私は両親を特に尊敬はしていない。弟の尊敬の中身はたぶん、立派な大人にしてもらった、ということなのだろうが、私はそれは親の当然の仕事というか義務だから、やってもらって当然と考えている。だから私は今は親の立場でもあるが、当然子供から「育ててくれてありがとう」なんて言われる筋合いはないし、特になんの感情も抱かないと思う。いや、感情のことはそのときにならないとわからないが、抱くべきではない、と考えている。私は確かに性格はひねくれているが、私の親もおそらくそういう考え方で、私はよく父親に「成人した後のお前の人生は知らない」と言われた。いや、そこまでではなかったかもしれないが、とにかく成人したらもう親は関係ないよ、みたいな意味だ。もちろんそれは、そうあるべきだ、という考えから出た言葉だろうと、その人の子供として育った私は、解釈している。

私と弟の解釈の違いは、もしかしたら父親と過ごした時間の差で生まれたのかもしれない。私たちは、性格も生き方もほとんど正反対である。ちなみに弟はたぶん、私のことも尊敬している。