意味をあたえる

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おきのさかな

私が幼稚園くらいのころには図鑑があり、もちろん図鑑は今もあるだろうが、私が幼稚園くらいのころ(5さいか6さい)に読んだ図鑑というのは、とうぜん今は売っていない。私が幼稚園くらいのころに読んだ図鑑とは、消費税の表示はおろか、バーコードもない。消費税とバーコードはどちらが先に始まったんだっけ? イトーヨーカドーでバーコードが導入されて、最初の頃は機械を通してもなかなか「ぴっ」て言わなくて、店員も苛々していた。または、焦っていた。そんなに不便なら、以前のようにレジに数字を打ち込んで行けばいい、と幼い私は思った。顎の少し下に、レジの棚はあった。過去を振り返る私は、天板に手をかけて店員の動作を見守る、坊ちゃん刈りの頭の私を真上から見て、「これは私ではない」と言う。

幼稚園から配られる図鑑は月に一回あり、私はとくに魚のものが気に入った。魚は二種類あって、川と海があり、私が気に入ったのは、後者だった。

海の魚の図鑑は、徐々にボルテージを上げるべく、最初は貝のページで始まる。貝は退屈だ。そこから近海の魚のページがあって、そのあとに、
「おきのさかな」
というタイトルのページがあって、私は「さかな」はとうぜん「魚」で間違いないが、「おきの」が認識できない。子供用の図鑑だから、漢字が使えないのだ。だから私は「大きいの」であると判断した。「お」がひとつ足りないのは、脱字である。または大人独特の言い回しなんだと解釈した。まだ大人の領域がほとんど解明されていない年頃だったのである。

実際「おきのさかな」は大型の魚が多く紹介され、私はカジキが気に入った。カジキは頭に角がついていて、格好良いからである。

私は、だから、「おきのさかな」は「大きいのさかな」で問題なかったが、やはり不自然だった。本当なら「大きなさかな」か「大きいさかな」としたほうが自然なのだ。私はそこで、「大きいの/さかな」と区切って読むことにした。「大きいの。」とかわいこぶっているのである。これは、大型の魚はグロテスクなものが多いから、タイトルはソフトな感じにして、バランスを取ろうという狙いなのである。しかし「おきのさかな」は明朝体だかゴシック体だか忘れたが、とにかく大人っぽい、真面目な話用のフォントで印刷されていたから、それがいきなり「大きいの」とくだけた感じになって、幼稚園のころの私は愉快だった。

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