意味をあたえる

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iPhoneを売る問題

朝から機嫌が悪い。

まず、関係ない話から始めるが、セブンイレブンのホットコーヒーを買うときに、店員が空のコップをカウンターの上に、
「カツッ」
と置くが、それが、毎回検尿のコップに見えて仕方ない。
「それではまずはお小水をこちらに......」
と言われそうだ。私は会社員なので、年一回の健康診断のときにそう言われる。検尿が最初なのだ。ところで、最初の受付の事務の人がまるで愛想がなく、私は9時半受付のところを、9時15分にくると、嫌そうにされる。もちろんそれは私の主観であるが。
「まだ受付始まっていないので、そこの椅子で待っていてくださいね」
と言われる。長椅子で、そこはとても寒い。健康診断はいつも冬に行われる。たまに入院患者が、ベッドに乗せられたまま目の前を通過する。狭い廊下なので、足を引っ込めなければならない。私は廊下の端の長椅子に腰掛けている。

しかし、近年、この女事務員の愛想は良くなってきたような気がする。女事務員は長めの黒のソックスを履き、黒のカーディガンを羽織っていて、必ずマスクをしている。外見は、昔のフジテレビの「どーなってるの!?」という番組の中の再現ドラマに出てくる女優に似ている。比較的品のない方の女優だ。愛想よくなってきたのは、年齢を重ねたためだろうか。ここで、いい男でもできたからかな? なんて言ったらセクハラだろうか。センス0だから言わないけど。でも、年齢にしたってなんらかのハラスメントではなかろうか。私は英語が苦手なので、とりあえず「年嵩ハラスメント」と名付ける。

それで、iPhoneの件だが、我が家には二台iPhoneが余っていて、一台は私が音楽プレイヤーとして使うから、実質一台だ。それは黒いほうのiPhoneだが、本当は、私は黒を使いたかったが、箱を探したら黒の方の箱しかないかは、箱の色と本体の色をそろえた方が高く売れそうなので、黒を売ることにした。しかし、私は今のスマホは白なので、そうすると白二台持ちで、そうするとお餅を二つ携帯しているみたいで、食いしん坊に見られそうで嫌だ。

で、売るのだけど、妻の主張というしては少しでも高く買い取ってもらいたいから、何軒か店を回るべきと思っていて、しかし、私はそういうのが苦手なので売らずにここまできた。私としては、店員と言葉を交わした時点で、売ってしまわないといけないような気がし、断ろうものならその人の貴重な時間を無駄にした気がして心苦しくなり、そんな心理的負担を味わうなら、もう目についた看板、人にとっとと売っぱらってしまいたい。だから、逆に言えばそういう早まったことをしないために、私はコミュニケーションを極力おさえている。さっきもパソコンでも買おうかなあと電機量販店をうろうろしたら、二人くらい声をかけられて、ひとり目は、
「大丈夫です。見てるだけなんで」
と言ったら大人しく引き下がったが、二人目は
「お引っ越しとかですか?」
なんて、すっとんきょうなことを訊いてくる。まずはシチュエーションを把握して、そこから崩す、いわゆるシチュエーションフェチの店員のようだ。私は目を合わさずに
「見てるだけなんで」
と言ったが、引き下がらず、
「ありかとございます」
なんて言ってくる。フレッツ光がどうこう言ってくる。auひかりなんで、と言っても何年つかってる? スマートバリューは何台? と食い下がる。なかなかガッツのある店員だ。最後は離れて行ったが、このくらいのやり取りでも、私は
「買ってもよかったかもなあ。カードもあるし」
なんて思った。私は積極的な店員が嫌いだが、心の底では、強引な店員に
「もうこれ買わなきゃあんたの人生終わり!」
くらい言われて、思考停止したいのである。私はいちいち考えることに疲れた。

で、iPhoneの話だが、最近妻が妙な知恵をつけて、iPhoneを売ると個人情報が抜き取られるというのをテレビで見て、売る前に動画を目一杯撮って、上書きをしてから売らなければいけないなんて言い出した。私は、確かにそれは間違っていないが、そんな面倒なことをしたら、ますます売る気がなくなるので、やりたくはないから、確かに個人情報を抜き取ることは技術的に可能だが、一度消去したデータを復旧させるには、それなりの手間や知識が必要であり、そこまでして手に入れるほどの情報が私の携帯に入っているとは思えない、という内容を、もっと噛み砕いて説明したが、妻は納得しない。クレジットカードが、なんて言う。私としてはクレジットカード番号くらいいいやって思う。どうせ限度額までしか使えないし、いろいろ手をつくせば、取り消せるパターンもあるはずだ。私の認識がどこまであてになるかはわからないが、私はこのように、なんでも天秤にかけたがる性格なのだ。そして、軽い方に執着するのである。ちなみに私はおとめ座である。

でも、とにかく妻が首を縦に振らない限り、天秤もなにもないので、私は一度リセットしたiPhoneを、再度登録して動画を撮り始める。登録するためには、まずWi-Fiにつなげなければならず、パスワードを入力するのにイライラした。そうしたら、
SIMカードがはいっていません、やり直し」
となって、もうそこで妻はタイヤを買いに行ったので、
「動画は撮った」
と嘘をついても良かったが、私は意地をはり、SIMカードを移し替えることにした。今の携帯からSIMカードを取り出すと、するとSIMカードは、ぴょーん、とバッタみたいに弧を描いて跳び、パソコンの裏側の小川みたいにさらさら流れるケーブル類に紛れてしまった。だから、デスクトップなんてやめて、今すぐにノートパソコンに買い換えたくなった。実は私はSIMカードを飛ばすのは二度目で、一度目は洗濯物に紛れて、「もう無理だ」と諦めかけたら見つかり、「今度とりだすときは、慎重にやろう」と心に決めたが、そんなのすぐに忘れた。二度目だから、もう見つからないかも、と一気に暗い気持ちになった。どうしてSIMカードはこんなに薄くて小さいのか、とSIMカードを考案した人に毒づきながら、そうしたらオシッコがしたくなったので、パソコンの裏に頭を突っ込む私に、
「一度ブレークしようぜ」
と声をかけた。心の中で。

それで、トイレから出たら、畳の目に刺さったSIMカードがやがて見つかり、私はほっとした。