意味をあたえる

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8888

帰り道シリーズ。

帰り道を車を運転していたら、前の車は白いプリウスで、ナンバーが「8888」であった。私は思わず
「引越屋さんかよっ」
と脳内突っ込みを入れた。

私が子供の頃、
「警察は......110番、
火事・救急は......119番、
引っ越しは......888の8888、番」
というCMをよく見かけた。「8888」と「番」の間にちょっとした間があるのである。警察官、消防士、引っ越し屋さんが、それぞれのナンバーを書いた紙を持って突っ立って入るのである。しかし彼らはどれも本物の警察官などではなく、俳優だろう。俳優は何番なのか?

ふと、道路端を見ると、眼鏡屋さんがあり、自動ドアの左右の扉にデフォルメされたメガネのイラストがあり、それが左右ひとつずつなので、丸が4つ並んでいて、これこそ「8888なのでは!?」と私は興奮した。しかしこれでは眼鏡は8こになってしまう。

数字関連の話を続けるが、昔友達に11月16日が誕生日の人がいた。私は大して親しくはなかったが、一緒にライブをやったのだ。彼はドラムだった。彼と私は同じ高校だったのである。それで、ライブのあとに道端で話をしていたら、誕生日の話になって、彼が11月16日生まれということがわかり、みんなは
「いい色の日だね」
と語呂合わせを始めた。しかし、笑いというものを考えるに、きれいにハマるものは、大した笑いを取れるものではない。強引すぎるのも×だが、ちょっと無理あるだろー、と周りが脳内突っ込みできるくらいのほうが、大きな笑いを生み出すことができる。笑いは、不自然さとか、非現実的なショックから自分のメンタルを守るための、防衛本能なのである。だから、現実的で自然なものは笑いにはならない。ところで、私はこの記事のタイトルを「脳内突っ込み」にすれば良かったと思う。

それで私は、
「いや、「いい忌むの日」だよ!」
と言ったら、そこそこ笑いが取れた。私はそのグループでは、そこそこの発言力を所持していたのである。

しかし「いい色」「いい忌む」とは一体なんなのだろうか。「悪い色」「悪い忌む」というのもあるのだろうか。ここで私は小6のときのことを思い出した。当時ゲームセンターでは「ストリートファイターⅡ」が流行っていて、みんなやっていた。私は小遣いが少なく、ガンプラとか買いたかったのでやらなかった。私はBB戦士というのが、丸っこくて好きだった。武者ガンダム、というのがあって文字通り武者で、BB戦士でないのももちろんあるのだが、BB戦士は、兜を脱ぐことができて着せかえ人形みたいにできるのが、私のお気に入りだった。本当は兜だけでなく、鎧や具足なども外せればなお良かった。そういうことができると、家のシーンとか、寝ているシーンとかできるから、楽しいのだ。いくら格好良くても、かぶりっぱなしでは、戦い詰めみたいで気の毒だ。

話を戻すが、ストⅡには、エドモンド本田という、お相撲さんのキャラがいて、これは日本人で戦いの舞台も先頭だった。エドモンド本田と書くと冗長なので「E本田」と筐体には書かれていた。それで、クラスの飛島というやつが「イー本田」「イー本田」と呼んでいたら、影で島田という男が
「イー本田ってなんだよ。じゃあ悪い本田がいるのかよ」
本当にうんざりした顔で言った。今思うと島田は飛島を、心の底から嫌っていたのである。飛島は家が貧乏で、島田は金持ちだった。島田の親はレンタルビデオ店を経営していた。それを知ったとき、そのビデオ店は遠くにあるだろうと、私は勝手に思っていたが、意外と近所だったので驚いた。行ってみると、床がボコボコして、歩きづらかった。島田は昭和天皇崩御したときには、とてもビデオが借りられたと教えてくれた。

それと、飛島は当時歌の係であり、歌の係とは、朝の会帰りの会で歌う歌を、みんなのリクエストを聞いて、用意する係りなのだが、あるとき「ドラゴンボールZ」のオープニングを歌うことになって、しかし男子はともかく、女子はドラゴンボールなど熱心に見ないから、歌の係の飛島と、あと誰かが、歌詞を起こして、紙に書いてわら半紙に印刷してクラスの人たちに配った。今思うとそれなりの労働である。私は何係だっただろうか? 掲示係だった気がする。掲示と刑事をかけて、クラスの治安を守ります! とか馬鹿なことを言ってた気がする。私はその当時はそこそこ人気者だったから、そういうことを言っても一目置かれていた。しかし掲示係なんて、大した仕事ではなかった。しかも三人もいた。

一方飛島たちはドラゴンボールZの歌詞を起こしてみんなに配った。すると、歌詞の最後を
「SPARKING!!」
と英語そのままで書いてあったが、島田はそれを見ると、
「スパーキング、だよ。飛島これ読めないんだよ、馬鹿だから」
と、本当にうんざりした顔で言った。

ところで島田も私も色白で顔色が悪く、クラスにはもうひとり顔色の悪い男がいて、私たちはひとまとめで、
「白色連合」
と呼ばれたりした。黒色連合もいたが、私は今となってはひとりしか思い出せない。