意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

眼帯(2)

作者「
岸本さくらの眼帯は白く、表面はかたいプラスチックで堅そうだが、その下には白いガーゼが挟み込まれていて、それによって目は保護されている。ガーゼはぶ厚い。岸本さくらはキャメルのコートを着ていて、それがよく似合っている。クラブのある曜日は、帰りの会はない。私は私は岸本さくらの元へ駆け寄って、どうしてこんなことになったのか、理由を知りたいと思ったが、すでに男女問わず、クラスの半数以上の人が、ドア付近に集まっている。笹本あゆみがマネージャーのように見える。全員の質問を、岸本さくらと笹本あゆみが答えていったが、そこには私の知りたい情報はなにもなかった。

今朝目をさますと、一通のメールが来ていた。送信時間は3時50分となっていて、その時間私は寝ていた。私は昨夜は22時頃寝た。そんなに早く寝られるわけないと思いながら布団に入ったら、寝てしまった。シキミより早かったかもしれない。疲れていたのだ。昨日は朝から新潟県に出かけていた。関越トンネルを抜けて、すぐのインターで降りて、ロープウェーに乗った。私は大して興味がないから、そこが湯沢町というのか、湯沢市というのかわからない。山の上まで行くと、たくさん雪が残っていた。しかし、麓にもいくらか残っていた。前日実家に行くと、父が
「新潟にはもう雪なんか残っていないよ」
と言っていたが違った。父は自信満々に言うから、大変な物知りに見えるが、実際は違う。小学校のとき、梨畑にいた鳩を私が捕まえようとすると、
「鳩を捕まえるには、カールルイスの五倍の速さで近づかないと無理だ」
と言った。私はそれを信じたが、しかし六年の修学旅行のとき、小田原城のそばで鳩を捕まえた生徒がいた。彼は一組の今野という生徒だった。私は三組だ。鳩は今野の両手にがっちりとホールドされていた。今野の手には血管が浮いていて、大人のような手をしていた。今野は中学にあがると陸上部に入り、体脂肪率が一桁になった。私は今野に殴られた。教室のうしろの黒板の前で、今野は私の学ランの第二ボタンめがけて拳をぶつけた。私は
「いてぇな」
と言った。家に帰って服を脱ぐと、胸の中央が内出血していた。触ると少しへこんでいる。今野はそのとき山崎という生徒に蹴りを入れているところで、私が、
「もうそれくらいにしとけよ」
と注意したのが、殴られた原因だった。山崎が今野にいじめられているかどうかは微妙なラインで、だから私は親しい友達に冗談を言う感じで、
「それくらいにしとけよ」
と言った。実際山崎はいじめられていた。しかし、私はそれを庇うとか、真顔で止めるのが照れくさいというか、恥ずかしかったので、冗談にしてしまおうと思ったのである。今野は私の言い方が気にくわなかったらしく、
「ああん?」
と睨みつけてきた。私が中学のころはダウンタウンが力をつけてきた時期と重なり、男子生徒の半数は、よく関西弁でしゃべった。「ああん?」というのが関西弁かは知らないが。

私はそのとき初めて、自分が今野よりも下に見られていることに気づいた。しかし、私はそのことに全く気づかない風を装って、
「つまんねーよ。そういう突っ込み。逆にほめちぎったりしたら、面白いかも」
と、私は今野と山崎の関係を、あくまで漫才コンビのようにしか見ていないアピールをした。
「はあ?」
今野は顔を歪めて私に近寄ってきた。私の作戦は失敗した。確かに山崎も頭も悪くて、ぐずぐずした性格だから、ほめろと言われても、無理なのである。私だってイライラするときもあるし、技術の時間にノートを提出しろと言われた山崎は、面倒だから全部ぐちゃぐちゃに書いて提出したら、梅島先生にわざわざ放送で呼び出され、さんざん怒られ、泣きながら帰ってきた。一方私はノートそのものを提出せず、しかし成績は4だった。期末テストでクラス最高点を取ったから、あとは適当にこなしても、それなりだろうと判断したのである。私は、梅島先生の物まねをして、笑いを取るのが得意だった。


※前回
眼帯 - 意味をあたえる