意味をあたえる

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眼帯(5)

作者「
腰が痛い。

さまざまな動きを試した結果、前屈みになると痛いことを発見する。私が朝いちばんに行うことは靴下を履くことであり、それは私が冷え性だからだ。私は立ったまま靴下を履くことを美徳としており、片足で立ったときのバランス感覚で、その日の健康バロメーター、老化バロメーターを計っているのである。それが出鼻でくじかれた。老化の針が振り切った感じだ。しかし私は冷静だ。私は過去に何度も腰を痛めているから、痛みを相対化することができる。いちばんひどいときは、首から下が動かなくなった。安静にしろと言われたが、このまま体全体が固まってしまう気がして、しょっちゅう痛みのない範囲でどこまで動けるか、みたいな試行錯誤をした。どこまで飲み水を持たずに航海できるか、的な。

私はそのとき「ミリオンダラー・ベイベー」という映画のことを思い出した。女性のボクサーが試合中の事故によってほぼ全身不随になり、彼女は舌を噛み切って自殺しようとする。あまり関係ないが、「ミリオンダラー」とくると、私はトニー・ウィリアムスというドラマーのアルバム「ミリオンダラー・レッグス」を自動的に思い出してしまう。その名の通り、ジャケットでは、ゴージャスな女の脚の間から、童顔のトニーが下目使いで肘をついて横たわり、こちらを見ているのである。童顔ではなく、トニーはこのとき実際若かったのではないか。トニーは17才のときにマイルスデイヴィスのバンドのドラマーに抜擢されて、大活躍した。ドラムマガジンを一年通読すれば、必ず一度はその名を目にするくらいの、ビッグドラマーになった。

三日前にKさんからメールが来て、私は便宜的に彼女をそう呼ぶことにする。岸本さくらと栗田みきが同一人物であり、そのモデルとなった女性は現在の私の身近にいるのではないか、という内容だった。彼女は少し先を急ぎすぎではないか。おそらく彼女はそうでもしないと、私がすぐにこの物語に対する興味を失い、全然違った少年時代をつくりあげてしまうことを危惧したのではないか。まるで違う、と彼女は言うだろう。しかし、メールを読んで何日かしたら、私はふとそんな気がした。私は受け取った日に二、三度読んだあと、メールは今ではまったく手の届かないフォルダに隠してしまった。「手の届かない」というニュアンスが、おそらく伝わらないから補足するが、私はその日の夜にパソコンを立ち上げて、外付けのHDDの「mail」というフォルダの中に日付のフォルダをつくり、その中に放り込んでしまった。ハードディスクは、スマホからはアクセスできないし、パソコンももう八年も使っていて調子も悪いから、滅多に立ち上げない。パソコンはDELLである。買った年は横向に置いていたが、そうしたら二度も壊れてしまい、メーカー修理に出してから、今度は縦に置いたら、今度は壊れなかった。知人は、
「それは縦置きしたからでなく、君がメーカー保証を二年延長したからだよ」
と言った。それから、私は持っていたスマホタブレットが、一度は壊れて交換してもらっていて、私はそういうことに全く気づかなかったが、去年の秋に妻がiPhoneを機種変するときに、店員にそのことを言ったら、
「呪われていますね」
と言われた。彼はauショップの店員で、自分はiPhone6の大きい方をつかっていた。
「これはいくら何でもでかすぎました。銀座のアップルショップで並んで買ったんですが。小さい方で十分です」
と言った。妻が小さい方を希望していたからそう言ったのである。私も小さい方が無難だと思うが、慣れの問題の気がした。妻は、色を白にするかゴールドにするか迷っていた。私はカバーを付けるのだから、おんなじだ、と思った。

Kさんは「よければこのアイデアを、小説で使ってほしい、もちろん、私がそのことについて、恩着せがましく振る舞うつもりはない」
と述べていた。私は、その言葉を疑うわけではなかったが、つまみ食いのような使い方をしてもつまらないので、結局文面そのままを載せることにした。そうすれば、Kさんの度肝を抜けるのではないか、と期待したのである。コピペではなく、文字を1から書き写したのは、ある種の下心である。

私は、それから2日くらい様子を見たが、Kさんの反応は何もない。忙しいのかもしれないと思ったが、Kさんのブログは普段通り更新されている。私は、それまでKさんが毎日更新しているとか、そういうことにはまるで無頓着だったが、メールを受け取って以来、Kさんはずいぶんとマメに更新するようになった気がする。Kさんも、私にメールした事実を忘れようとしているのかもしれない。