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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

半袖で寝て夜中に目を覚ます

村上春樹

おそらく11時とかそれくらいに寝て、眠かったので、トレーナーを着ないで寝た。毛布を上半身に巻きつければ寒くないと無邪気に思ったが、寒くて目が覚めた。喉が痛い。二の腕の布がはがれていた。隣で妻とシキミが話をしていた。つまり、私は寒くて目を覚ましたわけではなかった。耳を済ますと、シキミはトイレに行ってきたところで、妻は「電気は消したか?」としきりに尋ねている。なぜ同じ質問を繰り返すのか、私は普段から理解ができない。しかし、何度目かの質問のあと、シキミは
「やっぱ見てくる」
と言い、行って戻ってくると、電気は点いていた。妻に絡まなくて良かった。しかし、いつのまに、暗闇でもへっちゃらでトイレに行けるようになったのか。以前は、いつも私が起こされた。私は階段のそばの柱によっかかって、シキミが用を足すのを待った。トイレが、階段のそばにあったからである。階段の下の闇が濃い。

しばらく寝たふりをしながらそんなことを考えていたら再び寝て、怖い夢を見てまた起きた。私は子供だか大人だかわからないが、とにかく大人の女がひとりいて、私たちは寝ていたのだが、物音がすると言って、女は部屋を出て行った。男が帰ってきたと思ったのだ。しかし私は直感で、それが強盗の立てる音だと気づいた。私は隣で寝ていた父を起こし、強盗が来ていることを伝えた。父はパンツ一丁で寝ていた。昔からそうだった。黄色い綿のショートパンツに、青と黄色と白のラインの入ったタオルケットを巻きつけて寝ていた。鼾がうるさく、それを注意していたら、あるとき父がいないところで母に
「あまり鼾のことを言わないように」
と注意された。夢の中で父は静かに寝ていた。父は警察を呼んだほうがいいと言った。夢の中で、私と父は兄弟だった。ただし、どちらが兄なのかはわからなかった。夢以外では、私も父も長男である。私は頭から毛布をかぶり、子機から110番した。子機は実家にあるやつだ。まだあるのだろうか。学生時代、私が長電話しまくって、バッテリーがずいぶんへたった。バッテリーが切れそうになると、けたたましい音がなって、慌てて耳を離した。受話器は汗で濡れていた。私はバッテリー切れを心配し、手短に話を済ませようと思った。強盗に感づかれないようにと、口に手を当て、低い声でしゃべった。

電話に出たオペレーターは「本当に強盗か?」と私のことを疑った。私が布団の中から電話していることに気づいているようだった。私は強盗であることを確信し、下手をしたら女も死んでいるかもしれないので、「間違いない」と語気を強めた。「どういう状況なのか?」と訊いてくるので、今の状況を説明した。するとオペレーターは、
「具体的に」
という言葉を二回言った。そこで目が覚めて、三時くらいだったので、また寝た。朝起きると調子が悪かったので、途中でレッドブルと、メンチカツパンを買った。なんとなく脂っこいものが食べたかったのである。食べきれなければ、それによって、調子の悪さを計れると思ったのである。全部食べた。踏切を渡って左にまがるとイチョウ並木で、水商売風の中年女が、自転車にまたがって、道路を渡ろうとしていた。女は赤いチェックの長袖を着ていた。長袖の下には、下着しか付けていなかった。この暑いのに長袖なのは、女が冷え症の証拠である。夜の仕事を続けて、体温調節機能が衰えたのだ。そこから進むと小学校があって、私の前を走っていた軽自動車が、門の方へ入っていった。門は閉じられていた。高学年の男の子が門の方へ駆け寄ってきたので、忘れ物を届けたのだろうと私は判断した。男の子は体操服を着ていたので、鉢巻きを届けたのだ。私は鉢巻きに関しては苦い思い出がある。校庭では全校生徒がうじゃうじゃと集合していたので、今日は朝から予行演習でもやるのだろう。私は、毎朝前を通るが、生徒を見たのは初めてだった。私は毎朝子供を見かけないので、廃校になったのだとばかり思っていた。

ところで、昨日複数のブログを読んでいたら、「才能」という言葉がやたらと目についた。才能の日とかだったのだろうか。私は才能について考えない時間をなるべく長くすることが大事で、そのための手段が、結局のところ早寝早起きに行き着くので、いつもと同じ結論だ。だけれど、本当に書くべきは結論以前だから、書かないのは私の怠慢だ。怠慢、と言われても私はへっちゃらなのだが。

以前の(10年かもっと前)の村上春樹の質問サイトで才能についてのやりとりがあって、私は前後関係をすっかり忘れたが、村上春樹の回答が、
「もしあなたにミケランジェロ級の才能があるなら、周りは放っておきませんよ」
だった。私もあなたもミケランジェロではないのだから、気楽に生きよう。