意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

東京は年下ばかり

まずはタクシードライバーの幼さにびっくりした。私たちはまだ埼玉県にいた。Wという駅まで車できていた。そこから電車に乗って東京に出ようと目論んでいた。タクシーに乗ったわけではなかったが、ロータリーでタバコを吸うタクシードライバーを見て、その幼さに驚いた。タモリがよく、
横綱が自分よりも年下になったときには衝撃を受けた」
と話していたが、それと似たような心境だったに違いない。タクシードライバーが自分よりも年下になる日がくるなんて思ってもみなかった。年下、というのはかなりの年下のことである。だから、私がもし彼の車に乗って、彼が退屈そうに車を運転していたら、
交流戦はどこが調子いいんですか?」
「景気はどう? 最近はまた、みんなタクシー利用するようになったんじゃない?」
なんて、声をかけなければならない。年下とはそういうものだ。私が若い頃は、
「今日はけっこう飲まれたんですか?」
なんて言われたりした。私はタクシーと言えば、酒を飲んで乗ってばかりいた。タクシードライバーは、私よりも10は年上で、「私だってタクシーさえなければ、いくらでもお酒を飲めるんです本当です」と言いたげだった。

それから電車に乗って池袋で降りて麻婆ライスを食べ、今度は山手線に乗ると、風景がおかしなことになってきた。電車に乗る人乗る人が、どれも年下ばかりなのである。もちろん年寄りもいくらかいる。年寄りは昔から変わらない。しかし、年下、というのは中学生とか高校生みたいな顔や髪型をしたのが、スーツやらクールビズを身につけていて、私は不思議の国にでもまぎれこんだような気になって落ち着かない。私服は大学生に見える。安心できるのは、窓の外の看板の風景だけだ。看板には桃太郎と金太郎と浦島太郎が大写しにされていて、これらはテレビでお馴染みなので、年下も年上もない。彼らの鼻の穴は、成人男性の頭よりも大きいのではないか。しかし、距離がそれなりに離れているから、どこかおかしいわけでもない。だけれど、もし自分の鼻の穴が、成人男性の頭よりも大きくなったら、どんな気分だろうか、今の気分を維持できるだろうか? などと考えた。

今日一緒に出かけた友人から、帰り道に、
「そろそろ弓岡の漫画の続きが読みたい」
と言われた。私は昔遊びで漫画を書いていたこともあり、書いている本人は遊びとかそういうつもりもなかったが、もう8年近く書いていない。8年前にシキミが生まれる直前に少し書き、その前は5、6年書いていなかった。友達は今でもその頃の漫画の話をするから、それなりに気に入って読んでくれたのだろう。リメイクでもいい、というので、
「それなら今までの主人公、ヒロインの顔全部にほうれい線を入れる。年寄りのキャラには天使の輪っかか、点滴を書き加える。セリフの語尾は「○○じゃ」に書きかえる」
と提案した。そうすれば、80代になっても読める内容になると思ったのである。


※小説「余生」第9話を更新しました。
余生(9) - 余生