意味をあたえる

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私とドラゴンボール

※本来なら「ドラゴンボールと私」というタイトルのほうがタイトルっぽくなるのだが、それだと私の方が下のような、妙な序列ができてしまっているように感じる。私を先頭にすると、ドラゴンボールと私が並列関係、会社でいうと同僚の関係になったような気分になる。決してドラゴンボールが課長とかそういう意味ではないが。そういえば私は小さい頃は背が高い方だったので、背の順ではいつもうしろの方で気にくわなかった。たまには一番前になって、前へ習えで、腰に手をやりたかった。いちばん前とはどういう気分なのだろう。学校という場所は、いつだって背の順で並ばせてばかりで、「そのほうが効率いいから」なんて、何食わぬ顔で言ったりするが、それは「背の高い者は効率化の犠牲になってもかまわない」と主張しているのと変わらないことを、まるで理解していない......。

昨日東京に一緒に出かけた友人はバスケットボールをしていて、そこで、どういう経緯かは知らないが通常よりも重いボールを導入し、それに「ピッコロボール」と名付けた。私はその意味がよくわからなくて、最初ナメック星は重力が地球よりもいくらか重いんだっけ? と思った。よく修行でベジータなどが、巨大な座薬のような形をした機械に入ってメモリをガチガチ回すと重力がなん倍、とかなって、修行がはかどる、的なものを思い浮かべだが、そうではなかった。ピッコロが身につけているターバンとマントがすごく重いから、という意味らしい。それで私は、その友人の重いボールがふにゃふにゃした、がんもどきみたいなものなのかなあ、と思ったので、
「ピッコロのターバンみたいなボールってこと?」
と訊くと
「そうじゃねえよ」
と否定された。

私はあまりドラゴンボールを熱心に見なかったが、私の世代の男子はみんなドラゴンボールを見ていたから、もう1言えば10わかるみたいな関係が構築され、要求され、彼らはコミュニケーションの円滑化をはかるのであった。私は例えばフリーザの戦闘力とか言われても困るので、
「ははは」
と笑って話を合わせながら、話の流れを変えるタイミングをうかがうのであった。
「弓岡はとことん王道を外れるから、もう厄介なんだよな」
と言われた。私としても、ドラゴンボールZになるころまでには熱心に見ていたが、あるときフリーザと悟空の対戦になったときにフリーザ
「あと5分」
と言っていたとき、誰か年上の人が、
「あと5分が、何週間も続いている」
と突っ込みを入れて、私は確かに、と思って、それからだんだん気持ちが離れていったのだと思う。それから、まだ悟空が天下一武道会に出たときに、ジャッキーチュンという人が出ていて、それの姿形が、どう見ても亀仙人だった。しかし当時私は「てれびくん」という雑誌を熱心に読んでいたのだが、そこには、
「ジャッキーチュンの正体は、亀仙人かもしれない」
と書いていたので、ある日近所で年上の人と遊んでいたときその人が、
「ジャッキーチュンの正体は亀仙人だよ」
と言っていたので、私はすかさず
「違う、亀仙人、かもしれない、だよ」
と、注意すると、
「「かもしれない」て何だよ。亀仙人に決まってんだろ」
と馬鹿にされた。私はそりゃねーぜ、と心の中で思った。

あとドラゴンボールに関して、私はかなり強力なデジャヴ体験をしていて、それは悟空がブルー将軍と戦っていたときに、悟空たちが、ブルー将軍から逃げていた、または追いかけていたときに、通路の床も壁も天井も穴ぼこだらけで、そこに足を踏み入れると穴から矢が発射されて、死ぬという仕掛けがあった。そこで、ウーロンだかクリリンが悟空の如意棒に服を引っ掛けてなんとか踏まずにくぐり抜けたら最後にずっこけて、矢が頭をかする、というのを、私はテレビで放送する前に見ていた。あまりに鮮明立ったので、テレビ放送を観たときには再放送だと思ったのである。母親に「夢で見た」とかなり強く主張したが、あまり相手にされなかった。


※小説「余生」第10話を更新しました。
余生(10) - 余生