意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

説明書

私は子供の頃説明書というものが好きで、今もきっと好きなのだろうが説明書のほうがない。なんでもすぐに「Webへいけ」となる。指定されたURLにとぶとそれはFAQか、PDFだ。PDFなんか重いしいちいちビューアーを開かなきゃだから見てらんない。だいだいWeb上だと紙代がかかんないからなのか、分量もものすごく増えて、余計な情報が多すぎて読む気をなくす。それならググったほうがずっと早い。説明書係も、それがわかっているから、「わかりやすい」説明書をつくろうなんて気にならない。

私は曖昧なことが嫌いなのだ。昔ファイナルファンタジー5が発売されたとき、それは日曜だったからみんな目一杯遊び、みんなは大地のオーブまで行ったのに、私だけ水のオーブまでしか行けなかったのは説明書を読んでいたせいだ。あと、みんなは店に並んで買ったからたぶんお昼前には手に入れられたのに、私は通販で買ったから届いたのが夕方だったせいだ。私は日中苛立ちながら届くのを待ち、出遅れたことをひしひしと感じた。しかしそれでも説明書は隅まで読んだ。Aボタンは決定、Bボタンはキャンセル、そんなのはわかりきったことでも、それでもページは飛ばさなかった。文字を頭の中に刻み込ませるのが気持ち良かった。

学校の勉強も国語よりも算数のほうがずっとできた。算数は極端な話、10種類の数字のならびが、符合するかどうかの話だったから楽だった。国語はちょっと言い回しが違っても丸がつくし、逆に答えが合っていても、字が汚くて三角になったりする。信じられない話だが、私は高校三年の期末テストで、平仮名の
「う」と
「と」
を書き間違えでバツを食らったことがある。もちろん「6」と「9」を書き間違ったってアウトなんだから、国語も算数もない、と言われればその通りなので、このエピソードは曖昧さとはまったく関係ない話として読んでもらいたい。文脈関係なく書きたいから書いた。

高校生になって大真面目に平仮名を書き間違えるのがあまりにも愉快だったので、私は隣のやつに答案を見せ、
「点つけて、シュート回転させなきゃいけないのに、カーブさせちゃった」
と言ったらウケた。カーブとシュートは逆だったのかもしれないが、私はそこまで野球に詳しくなかったし、隣の男もバスケ部だったので、
「それは左利きの投げ方だろ」
みたいな野暮は言わなかった。私の隣の席は男だった。それは私が男子校だったからというわけではなく、当時はスクールカーストがはっきりしたクラスで、下の方のカーストだった私たちはひとまとめにされ、前の方の席に追いやられていた。確かに席替えはぜんぜん民主的ではなかったが、上位の人間と同じ席になっても話は合わないので、私としても望むところだった。教師も何も言わなかった。

それで私は現代文の時間になると「あなたはどう思いますか?」みたいなことを相変わらず書かせるので、いい加減なことを書いたら教師にみんなの前で読み上げられ、それはいじめ防止のために名前を伏せていたから最初は書いた私も気づかずに
「いいこと書くやついるなー」
と思ったら私で、しかし読み終わった教師はその後に批判的な意見を述べ、最後に
「と、思いますけどねぇ」
と思い切り私の方を見たのでバレバレで、私は即座に、
「名前伏せる意味ねーじゃん」
と突っ込みを入れたが、やはりウケたのは前の方の席の連中だけだった。後ろの方は、ヌードトランプにでも没頭していたのだろう。

※教師は女で、そのあと彼女は私の小説を読まされた。

※小説「余生」第27話を公開しました。
余生(27) - 余生