意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

Yのこと

なんとなく他人のブログを読んでいたら、友人と同じ名前の人がいて、それが友人でない可能性は高く、また、その人も本名で記事を書いているとは限らないが、一方的にそれが友人だと決めつけることにした。

名前をYという。

Yの記事を読むと、Yは昔にくらべ、だいぶ前向きにものを捉えるようになったようだ。とは言っても私はもうその記事の内容を忘れてしまった。「前向き」と感じたのだから、どこか旅行へ行った記事だったのかもしれないし、仕事に対する新しいアプローチの発見だったのかもしれない。もっと抽象的な事柄だったかもしれない。私の中に「おや」という感情だけが残った。Yとは一年近く会っていない。

私は、正確な年齢など知らないが若い人や年を召した人のブログを毎日読んでいる。その中の若い人の後ろ向きな内容のものを読むと、いつもYのことを思い出す。Yはいつも、
「どうせ自分なんか」
という旨のことを口にしていた。そういうのって、若さのひとつの特権なのだろうか。

と、ここまで書いたところで唐突にYからメールがきたので、私はとても驚いた。Yとは今年に入ってから一度も連絡を取り合っていない。もしかしたらもっとかもしれない。最後に会ったときは夏で、上野の博物館へ出かけた。他にも人がいた。私は、注意書きを熱心に見ていたつもりだったが、外へ出てみると、割合早く見終わった方で、それが8人いたうちの半分だったから、
「それじゃあどこかでお茶をしよう」
と思い、芝生の見えるところでアイスコーヒーを飲んだ。そのメンバーにYがいたか覚えていない。いや、いなかった。カフェメンバーの中には、私の初対面の人もいて、私は初対面なんだから敬語を使うべきか迷ったが、いい加減三十も半ばなのだから、端からタメ口をきいた。いつもの仲間の、新しい彼女だった。そういう集まりにすぐ自分の恋人を連れて来る人もいれば、そうでない人もいた。彼女は私と同い年ときいていた。

それからしばらくしてYたちが来たので、私たちは店を出た。Yたちは、そのまま炎天下のなか、駅まで歩いた。上野駅は、昔よりもきれいになったように思う。昔は、駅を出て道を渡ると雑木林があって、木の合間にホームレスのテントがあり、それを横目に博物館へ向かった。なんとかの募金とか、署名とか、いろんなのがあったが、もうそういうのはなかった。アクセサリーの露天はあった。

この文章はYに書かされている。


※小説「余生」第37話を公開しました。
余生(37) - 余生