意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

がしがし

今の状況を説明するとショッピングモールのフードコートで私は席取りをしていて、すぐとなりに知らない小さいお子さんがいて落ち着かない。青色の風船を振り回し、棒の部分を口の中に入れ、棒はストローのような構造で中が空洞になっているのだろうか、奥歯で、がしがし、がしがし、している。夢中になると風船本体が私のエリアに侵入してきて鬱陶しい。私はカウンターの席に座っている。妻と子供は先に食べたいものを買いに行って、そのあいだに違う人に椅子をとられないよう、座面に水筒と買ったばかりの本を置いて行った。

それから妻と子供がうどんのお盆をもって戻ってきて、私も何か食べようと席を立ち、椅子には子供のバッグを置いた。つけ麺を買って、呼び出されるのを待っていると、やがて呼び出しの子機が鳴って、バイブも震え、しかしそのフードコートは三階まで吹き抜けだったので、やかましいというほどではなかった。なにしろ人が多い。私の子機の番号は20番で、レジの店員は「19番でお待ちください」と言って20番を渡された。暑さのせいだろうか。中年の、パートの主婦で、足が早そうな外見をしている。彼女は元陸上部の短距離ランナーで、やはり20位をとるくらいなら、19位のほうがいいと考えているのだ。20位以下は、予選落ちだった。そういう気持ちが、私に札(子機)を渡すときに「19番です」と言わせたに違いない。麺も堅そうだ。やがて20番が呼ばれ、呼ばれたというか、勝手に震えるのだから、私はやってくるのだが、若い店員が
「お待たせしましたー」
とお盆を渡したあとに、
「お箸とレンゲをお持ちください!」
と言ってきて、私はすでに両手がふさがっていたから、どうしたものかと立ち往生した。私の握力でいけば、片手でお盆をもつことはいけそうだが、お盆の上にはつゆの椀と麺の丼があって意外と重く、片手持ちをしたらお盆が真ん中から折れてしまうんじゃないかと、心配だった。再度お盆をカウンターに戻そうとするが、そこには19番とか21番とか、他のが隙間なく並べられているので、もう手づかみで食べようかと思った。

席に戻ると、さっきの青い風船の子供が、クリームソーダを飲んでいて、今度は青いストローをがしがし、がしがし、している。さっきも風船の棒ではなくストローだったのかもしれない。子供たちのお母さんも戻ってきていて、
「ドーナツ買って帰ろうか」
なんて、大人に話かけるみたいに尋ねている。ドーナツを買い与えたって、こいつはがしがし、がしがし、するだけだ。お母さんは大沢あかねに少し似ている。大沢あかねは、幕の内弁当のような顔をしている。幕の内弁当の、ご飯部分である。

私たちの座るカウンターは円形で、真ん中に木が植えられている。「樹木が葉をおとすことがありますのでご了承ください」なんて貼り紙がされている。そうするとこの木は作り物ではないということだ。吹き抜けの、二階部分くらいまで伸びている。その周りにガラスの手すりがぐるりと取り囲み、その外側が二階というわけだが、ベンチがあったりして、例えばそこに子供がいる。子供はじっとしていられないので、手すりの上の鉄棒みたいになっている部分をつかんでぶら下がり、ぶらぶらするから、私は
「パンツ見えるかなー」
としばらく眺めるが、全然見えない。最近の子供服は、容易にパンツが見えない構造にでもなったのか。昔は、例えばスカートとかじゃなくても、ズボンとかでも、上からパンツがはみ出していたりとか、あとはもう、はなからパンツそのもので存在する子供もいたから、パンツは日常茶飯事であった。私の子供もそうであったが、それは自分の子供だから、例えば子供は気を抜くと、平気でノーパンとかで外に出るから、確認でスカートをめくりあげたりしたからパンツには見慣れていた。スカートをめくり上げる、というのは、本当にオムツとか履いていないときがあると、その後子供の下半身が爆撃機みたいになって、大変物騒だから私は真剣にスカートをめくるのである。


※小説「余生」第49話を公開しました。
余生(49) - 余生