意味をあたえる

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ささやかな実験

最近リチャード・ドーキンス「進化とは何か」(早川書房)を読んでいて、もう読み終わったがその中で視覚に触れている箇所があり、そこで私たちが見ている世界も脳が補正したヴァーチャルなのですよ、というのがあって、それを読んで私はある実験を思いついたので、それをやってみた。

まず鉛筆を一本用意します。昔からある六角形のやつです。六角形の鉛筆には会社名とか芯の太さが印刷されている面とそうでない面があって、そうでない面を正面に向けて、顔に近づけます。そのときに角度をうまく調節して、左目で見たときには印刷が見え、右目で見たときにはその印刷が隠れるようにします。つまり印刷が左の面にある。ところで、この鉛筆は空白の面の右側にもなにやら印刷がされていて、今回の実験では「見える・見えない」の話だからよく読まなかったが、なんらかの鉛筆の情報なのだろう。今は手元に鉛筆はない。実験はお昼前くらいにおこない、それから鉛筆がどこかへ行ってしまった、というわけではなく、私が二階へ行ってしまったのだ。鉛筆は一階にあった。

つまり顔のすぐ前にある鉛筆は、端から「印刷・空白・印刷」と面が並んでおり、片目ずつで見た場合、例えば左目なら、左の印刷は見えるが右は隠れる、右目なら右は見えるが左は見えない、というふうに距離や角度を調節する。その状態で、両目を開いて鉛筆を見たら、どうなるのか。

印刷はふたつともしっかり見えた。右目だけ、と左目だけが合わさっている。だから、この鉛筆は六角形でひとつの角度は120°のはずだが、二つとも見えているのだから、それ以上の角度になってしまっている、と言える。これは私たちの視覚が、ヴァーチャルを見せていることの証左にならないだろうか。

こうして文にすると穴ぼこだらけというか、説得力に欠けるが、私は説得したいわけではないのでそれでもいいだろう。興味がある人はやってみてください。私は、こういうささやかな実験、というかたまにぱっと閃くことがあり、以前「三角形の内角の和が180°」というのをぼんやりと眺めていたら、いきなり、
「それでは、角度をぴったりくっつけたら直線になるはず」
と閃いて、そうしたらいても立ってもいられずに、コピー用紙の裏に、適当な三角形を書いて、ハサミで切り取り、それの角度をくっつけたら、本当にまっすぐになったから感動した。もちろん感動したのは私だけである。

そのことを、あるとき知り合いの小学校の先生に報告したら、
「そういうのいいよね」
と褒めてくれた。小学校の先生、と言っても私よりも6歳も下なのだから嫌ンなっちゃう。


小説「余生」先週公開分(第46話から50話)をまとめました。
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