意味をあたえる

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就職活動の思い出

思い出、と書いたが、私は就職活動をしたことがない。厳密に言えば、説明会くらいには何回か行った。そこで、人事の人なのかそういう担当の人なのか、とにかくスーツの人が出てきて、
「我が社のためにがんばってくれる人は、面接の予約をしてください」
と言うので、私は特にその会社のためにがんばろうなんて気は起きなかったので、そのまま帰った。不思議なことに、他の会社でも必ず「我が社のために」と言う。もし、「興味が湧いたら」とかなら面接の申し込みくらいはしたかもしれない。私は当時は(今もだけど)「○○のために」という文句を聞くと、胡散臭いものを感じてしまったのだ。

以前勤めていた職場でやたらと
「お客様のために」
を連発する先輩がいて、私は嫌いだった。いや、少しは人間くさいところもあったから、そこまで嫌ってもいなかった。とんでもない馬鹿だと思っていただけだ。お客様のため、というなら、給料全額返金しろよ、と思ってしまう。もちろん私だって、当のお客本人とか、社長とかの目の前だったら、そういうことを言うが、それは建て前というか、おべっかである。でも私は正直な性格なので、「○○のため」という言葉は、極力言わないようにしている。その先輩は中古のマークⅡを乗り回していたが、特にマークⅡに偏見があるわけではない。

少し前にテレビのCMで「お客様大好き企業」というキャッチフレーズを耳にして、勘弁してくれよ、という気分になった。どう考えたって、「お金大好き企業」なんだから、そういう嘘は笑いを通り越して胸くそが悪くなる。あるいは、お金を払ってくれる人のみを、その企業は「お客様」と呼ぶのかもしれないので、嘘ではないのかもしれない。どちらにしたって下品だ。

昔、米米CLUBカールスモーキー石井が、インタビューで、
「ライブにお金を払って来てもらっている以上、「愛がすべて」なんて歌えない」
と言っていて、なるほどと思った。それとこれとは別、という考えもあるかもしれないが、仮にもアーティストを名乗っている人たちが、そういう部分に繊細になれないのなら、その音楽も言葉も、大変底の浅いものに違いない。

友達の就職活動について書こうと思ったら脱線した。


※小説「余生」第53話を公開しました。
余生(53) - 余生