意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

運賃

ひとつ下品な単語を考えてやろうと思い、
「うんちくび」
というのを考えついた。排泄物と乳頭のハイブリットである。乳頭が果たして下品かどうかは議論の余地はあるが、自分の子供にこの単語を唱えながら、胸からブツがダダ漏れる仕草をしたら、
「やめてよー」
と言われるだろう。そう言うのは中学生の上の子で、下の子ならニヤニヤしながらマネをするだろう。妻は喜ぶかもしれない。別に妻は下品なものが好きなのではなく、私がくだらないことを口にすると、安心するのだ。私が年中難しい顔をしているから。

家族の反応はともかくとして、私は「運賃」という言葉を思い出した。言葉そのものを忘れていたわけではなく、それにまつわるエピソードを思い出した。それは小学3年くらいの話で、私たちは教室にいて、席に算数のプリントが配られた。算数の時間だった。文章問題が印刷されていて、それをみんなで解こうという算段である。まずは女生徒が1人先生にさされ、問題文を読み上げ始めた。

主人公はバスに乗っているようだ。移動問題である。私は当時は本読みのスピードがめっちゃ早くて、先生にもしょっちゅう褒められるくらいのレベルで、他のクラスメートが読んでいるのを聞くなんてまどろっこしくて、先回りしていくと、
「運賃」
という単語にぶち当たった。初めて見る単語だった。私は
(もしかして、これはうんちんと読むのかもしれない)
と思った。他の人の何人かも、そう思った。さされた女生徒はあまり読むスピードが早くなく、大人しいタイプだった。案の定「運賃」の寸前で、声が止まった。

例えば積極的な生徒なら(あるいは要領のいい子)、読めない漢字があれば
「わかりません」
とか言って教えを乞うが、大人しい人の場合は黙って助け舟が出されるのを待つ。そういうときに教師の虫の居所が悪いと、
「わからなければ、ちゃんと質問しなさい」
と怒ったりするから、助け舟が出されるまでには、独特の「間」がある。女は出来のいいほうではなかったから、すでに舟は何度も出航していた。だから、「運賃」も読めなくて黙ったんだと先生は思ったが、そうではなかった。

「きた」
と私は思った。どうして真面目くさった学校の問題に、こんなに下品な言葉がくるのか不思議でたまらなかった。うんちん、なんて排泄物と男性器のドッキングしような言葉。すでに何人かの生徒はくすくす笑っている。その中には女子も含まれている。クラスの話題の中心に立つ、華やか系の女子だ。読み上げている女生徒は、頭の悪い、どちらかといえば虐げられている側の女子だったのだ。
「うんちん!」
担任が、正しい読みを、彼女に教示した。そのとたんにクラス中が大爆笑である。しかし担任は、それをいさめることはなかった。おそらく、無理に静かにさせようとすれば逆効果と知っていたのだ。「運賃」という言葉は小学校教師のあいだでは要注意ワードとして認知され、研修などではたびたび登場し、扱いについて議論し合うのかもしれない。

周囲の笑いに包まれながら、女生徒はしぶしぶ「運賃」を読み上げた。とんだ羞恥プレイである。しかし冷静な私は、もたもたと、一文字ずつ小声で読み上げる彼女に、
「そんなことでは逆効果だ。こうなったら堂々と淀みなく発音することが、周囲の注意をそらす一番の方法である」
と、心中でケチをつけた。


※小説「余生」第56話を公開しました。
余生(56) - 余生