意味をあたえる

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怒りは別の怒りに一本化すると効率がよい

今朝からラジオ体操があるというので、だいたい朝真面目に起きるのは今は私だけなので、私は起きる。しかし目が覚めるとまだ3時50分で、ラジオ体操は6時半からなのでいくらなんでも早すぎる。県外でやるわけではないのだ。昨日車を運転しすぎて興奮したのかもしれない。ベッドを抜け出し隣の部屋の灯りをつけると、妻が肉食獣のように寝返りを打った。妻は肉が好きなのである。妻は引き戸に対し平行に寝ていたので全身がまぶしかった。私は引き戸をしめた。二階の私たちの部屋は奥につながった二部屋で、しかしエアコンは一機しかなく、夏の間引き戸は一度も閉められることがなかった。

私は本を読んだり小説を書いたりしたが、ちっとも眠くならなかったので、ぼんやりと天井に張り付いた丸い蛍光灯のカバーを眺めた。そしてもし私が原始人なら、と考えた。原始人なら夜なのにここだけ昼だから、混乱するだろう。それからどのくらいしたら光を発するのが蛍光灯だということに気づくのだろう。光源に気づくのだろう、とか考えていたらやがて朝になった。

朝になって子供を起こしたら起きなかったのでラジオ体操はあきらめた。「起きろ!」と怒る気にもならない。私だって別に行きたくてたまらないわけではなかった。ラジオ体操の会場へ行って、朝から区長とかに頭を下げるのが面倒で、できればごめん被りたい。ラジオ体操はぜんぶで3日間あって、ぜんぶぶっちぎって「子供が起きれませんでしたー」なんて言い訳したいところだが、最終日に行かないと、役員の人が一軒一軒お菓子を配らなきゃいけないので、それは気の毒だから最終日には行きたい。それなら最後だけ行けばいいという意見もあるが、最後にもし雨が降ったり、またはマジで寝坊したりすると、全サボりになって気まずい、たとえ最後は出なくても残りのうちどちらかに出れば、「そういえば弓岡さんち、昨日は来ていたな、決して地域の行事に非協力的じゃないんだな」と思われるから、明日も行くことにはトライする。

それで私は寝不足なので、多少苛々しながら仕事をしていたら、最近後輩がどうも小賢しくて、そのことばかり考えてしまう。どうにか客観的に、彼の高すぎるプライドが鼻につくのか、それとも私の神経が高ぶってしまっているのか判断したいのだが、そんなの無駄な試みであることはわかっている。私は確かに、仲がいい友達でもたまに嫌で嫌でたまらなくなるときがあるから、ほうっておけばそのうちにそういうのも過ぎ去るときもあるから、しばらく静かにしていようと思う。しかしそれもつまらない。

と、思っていたら普段から嫌っている先輩が、思わずかちんとくるような嫌みっぽいことをしてきてくれ、そうしたら後輩に対する負の感情が一気に吹き飛び、先輩に対する憎悪に一本化された。私にとってこのような感情の流れは初体験だったので、私はすがすがしい気持ちで、心の中で先輩に悪態をついた。

この怒りのすり替え先を、徐々に大きく抽象的なものに変えていけば、(たとえば環境問題とか超新星爆発、等)ひょっとしたら戦争もなくなるのかとしれないと思った。


※小説「余生」第62話を公開しました。
余生(62) - 余生