意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

SLを見たり、SLに乗ったりしてきた

朝から家族の人がそういうツアーに申し込んでいたので、そのツアーは最初あまり人が集まらないと聞いていたから、なくなってしまうだろうと私はひそかに期待していたら、なくならなかったので、私は6時半に起きて朝ご飯を食べた。

バスに乗ってSLの「基地」という場所に行って、そこはようするにSLが格納されて準備をしたりする場所で、普段は入れない場所らしく、そこで人々はSLが支度する様を熱心に写真におさめていた。支度するのは人間で、あちこち人間がちょこまかと動き回るので、SLがだんだんと大型の獣に見えてくる。大昔の機械とは、獣をヒントにしてつくられたのだろう。私はとくにカメラは持っていないので、ぼんやりしていた。子供も何人かいて、そういう人たちはニンテンドー3DSを持っていた。ニンテンドー3DSにもカメラ機能はあるので、結局カメラを持っていないのは私だけだった。私はSLなんかよりも、近くの家の二階に干された洗濯物が雨ざらしになっていることのほうが気になった。雨はまだそんなに降っていないから、へっちゃらなのだろうか。そういう土地柄なのだろうか。

人々は、とくに太っている人なんかは特に熱心で、傘もささずにカメラを向けている。グレーの薄い生地のTシャツの、肩の部分が黒っぽくなっている。雨なんか汗と一緒なんだから、という理屈だろうか。私はさっきから問いかけてばかりだ。少し興奮しているのかもしれない。私は一番乗りに傘をさした。濡れるのはごめんだし、私はそんなに汗をかかない。

痩せている夫婦がいて、痩せているのは女の方で女はスキニーのジーンズをはき、太ももの部分にかなりのスペースができているから、かなり痩せている。男は標準体型で、怒ると暴力を振りそうな顔つきで、男は首から赤い一眼レフを下げている。紐は黒い。女の方は白い、コンパクトなやつだけど、初心者のものよりかは少し高級そうな、円形のレンズの部分が出たり引っ込んだりするタイプだ。二人ともおしゃれである。私は男の方が立派なカメラを所持していることに注目し、(これが家父長制というやつか)と思った。家父長制という単語はヘーゲルの本によく出てきて、そういえば昨日は「アメリカは貧富の差が......」というのがあって、私はそういえばヘーゲルとはいつ時代のころの人なのか、まったく予備知識なく読んでいたから、確認したら1700年代生まれだから、もっと最近の人かと思っていた。死んだのは1800年代で、この本が書かれたのも1800年代だ。だから、そういう内容なのだろう。若い夫婦には最初子供がいるように見えたがそれは私の勘違いで、子供は別の女の子供だった。男の子二人の兄弟で、お兄さんが黄色い傘を振り回してそれが台風中継のときのように骨がひっくりかえってNHKのアンテナみたいになって、お母さんが「もうあんたは勝手に濡れなさい」と息子の傘を引ったくった。ひったくった傘は弟の手に渡り、弟が持っていた花柄の折りたたみ傘はお母さんが持った。お母さんはパーカーのフードをかぶって雨をしのいでいた。傘を取られた長男の方はまったくへっちゃらであるようなジェスチャーをして、頭にタオルハンカチをほっかむった。傘からしたら少年は台風のような存在だった。

SLは一度かなりゆっくりとしたスピードでどこかへ行ってしまい、ようやく私はバスに戻れるのかと思ったら、人々はじっとしたままで、するとSLは今度はバックして戻ってきた。私はそのころにはもう飽きていたから、余った枕木が積まれたところを眺めたりした。堅そうに見え、最近の枕木って、鉄なのかなあと思いよく見たら所々ひび割れていて、やはり木だった。私たちの立っているところは砂利で、砂利の間から草が生えてそれがもうびっしょりになり、私はズボンの裾が濡れるんじゃないかと不快だった。石ころの合間に木片が混じって落ちている。みんなそういうのはあまり見ない。

雨の中突っ立っていたら、体が冷えてきて、やがてお腹が痛くなってきたから、トイレを借りようと思ったが、バスに乗る前に添乗員に、
「基地のトイレはかなり汚いので、乗る前にトイレは済ませておいてください。まだ時間はありますから」
と言われていたので躊躇した。基地のトイレは最後の最後の手段なのである。私の腹具合が最後の最後の状態なのかは判断できなかったから、私は「えいやっ」という気持ちでバスに乗り込んだ。そのときはもう他の人も乗っていたから、タイムスケジュールを乱した上に汚い便所に入るなんて、耐えられなかった。

実は今日来ていた場所は県内で、割と頻繁に来る地域だったので、次のトイレ休憩で寄る道の駅の場所も、なんとなくわかっていた。頻繁にくる地域のバスツアーに申し込む神経がわからない。しかも最後はSLに乗って自由解散、と言われた。自由解散なら自由集合にしちゃえば、もう個人で勝手に来ているのと変わりない、と思う。バスガイドが、「間もなく」「間もなく」を連発するが、その「間」というのが一体感何秒なのか、ねちねちと絡みたくなる。私がピンチのときは私以外の家族は絶好調で、妻は後ろの座席の夫婦が臭い、と話し、その女の方に基地内で蠅がとまり、蠅はその臭さが心地いいのか女の肩から離れようとせずに、バスまで連れてきた、と私に報告してきたが私はそんなのどうでもいい。どうして妻は、私がバスに乗るなり「腹が痛い」と訴えたことを既に忘れているのか。コアラのマーチなんか勧められても、今食べれるわけがない。あと、私がすげーデブの人に「横綱」と名付けて妻にLINEで送ったら、さすがにそのまま口に出したらバレそうだからという配慮なのか「綱」と名前を加工して、綱の悪口を言っていた。どうでもいい。

それで、私がダッシュでトイレを済ませそれからお昼を食べたらテレビにSMAPが出ていてSMAPはのど自慢大会に出ていて、「珍しいな」と思った。

それで最後にSLに乗って帰ります、となったが発車まで一時間とかあって、ぶらぶらしていたらすでにSLはとまっていて、やはり人々はそれを写真に撮りまくっていた。私はシキミとSLのそばに近づいて、私たちがSLの後方に進むとSLが前に走り出したような感じがして、逆に進むとバックして戻ってくるように感じる遊びをした。そばに寄るとSLはストーブのように温かく、私はいよいよ馬のそばにでも来たような気分になった。

SLの後ろの方には石炭が積んであるコーナーがあり、そこでお土産にと、石炭を一個ずつ配る人がいて、義母がもらいに行こうとしたが、私はそんなのもらっても手が汚れるだけだと思い嫌な顔をしたら、妻が止めてくれた。実は石炭を配っている人は運転士でもなんでもない、ただのSLマニアの素人で、胸ポケットにはぼろぼろになった時刻表のメモが入っている。つまり、彼はただの窃盗であり燃料泥棒であった。


※小説「余生」先週分(第61話から65話)をまとめました。最終回を含みます。 
余生(61) - (65)※最終回 - 余生