意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

アナバチ

シキミが逆上がりの練習をしたいと言うから、午前午後の二回公園に来た。一回目は歩きで、二回目は車だった。歩いて5分が10分のところに公園はあった。家を出て、それなりに勾配のある坂を下る。つまり、かなりの大雨が降ったときは、公園の方が先に冠水する。もっと低い土地がさらに進むとあって、そこは川からすぐの場所だが、川こそは氾濫しなくても、ちょっとした雨ですぐ冠水する。土地がかなり低いことは、地元の人は公然と知っていて、だからそこへ住むのは新しく越してきた人だ。前からそのことは噂で知っていたが、数年前にそこに住んでいたという人に会って話を聞いたら、
「します。ほんとうに。ざあっと降ったら」
と教えてくれた。私の逆隣に座っていた友人が「まじかよ」と言った。彼は市外に住んでいるからにわかに信じられない。彼は私の右隣で、彼女は左隣、冠水するのは彼女の方である。私たちは円卓に座っていて、共通の友人の結婚式に出席していた。

午前中に来たとき、私たちはアナバチの巣を発見した。私たちとは、私とシキミである。最初は蜂だけがぶんぶん飛んでいて、「怖いなあ」と思っていたら、やがて穴を見つけ、蜂は巣を守るために私たちを威嚇しているということに気づいた。穴があったので、アナバチと名付けた。それから鉄棒をしながらたまには穴を見やった。逆上がりは私は素人だから、あまりアドバイスはできないが、肘を曲げた状態を維持するようアドバイスした。シキミはクラスでできないのが、ついに自分だけになったと焦っている。クラスでできないのがひとりなんて、ちょっと信じられない。逆上がりは彼女の姉も母もできたことがないと言うから、わが家はたった6人しかいないからその半数ができない。私はそういう日常に生きている。

「逆上がりなんか、できても何の役にも立たない」
と、妻はキスマイの番組を観ながら言うが、私はそんなときはいつも
「学校で教わることに、果たして役立つものなんてあるのか」
と減らず口をたたくのだが、しかし逆上がりができないと、少なくとも小学校教諭にはなれない。私の友人が小学校の先生になりたいが逆上がりができなかったので、あるとき私はやっぱり今日と同じように公園につき合わされた。そこは私の実家のそばの公園で坂の上にあった。夏になるとそこでお祭りが開催され、地元の野球チームが無料で焼きそばだのを振る舞ってくれた。野球チームのメンバーには叔父もいて、だから私は叔父から焼きそばを受け取り、叔父は野球のユニフォーム着ていてなんだか変な感じがした。叔父は普段は墓参りもしないでコタツに入ってテレビを観てばかりなのである。そうして焼きそばを受け取った私は、とても大きなダンプだかのタイヤに腰をかけ、それを食べるのであった。タイヤの内側には昨夜の夕立の雨が溜まっていてそこから蚊がふやけて痒い。

家に帰って洗濯物を干し、晴れるのは今日だけと言うから急いで干して上履きも洗って昼食をとり、それからまた公園に行った。その前に私は本を読んで少し昼寝をした。起きると曇ってきていた。講演につくと、アナバチが二匹になっている。最初はつがいかなーと思っていたら、他人らしく、どうやら後から来た方が元いた方の縄張りに入ったらしく、ばちんばちん言いながら体をぶつけ合っている。巣穴の前には彼らと同じくらいの大きさのキリギリスみたいなのが横たわっており、新参者はこれを狙っているのか、私たちは俄然盛り上がってきた。キリギリスはだいたい2センチ半、といったところか。

私はアナバチがキリギリスをむしゃむしゃ食べるところが見たかったが、アナバチはどちらかと言えば巣の方に夢中で出たり入ったりしながら、砂を運んでいる。巣はブランコのフェンスの根元に埋められたレンガに沿って開けられていて、全体からしたらよくこんなところに作ったなあという感じだ。子供とか犬に簡単に蹴散らされそうなところにある。それとも案外気づかないものなのかしら。キリギリスは横たわったまま放置され、私たちはそこから離れて逆上がりの練習を再開した。ある程度は上達した。

しばらくして再び巣を見ると、なんとキリギリスが消えている。どうやら巣穴の中に運んでしまったらしい。そうなると私たちは俄然巣の内部に興味が湧いて、最初はやわらかい、細長い葉っぱを突っ込んで深さを計ったりしたが、だんだんと細い枝とか太い枝でこねたりしだし、結局は巣をぶっ壊してしまった。ただ、巣は想像以上に深く、キリギリスもアナバチも出てこなかった。

一方新参者のアナバチの方はライバルがいなくなり、自分の巣を作ろうと、さっきのアナバチよりもどう見ても危険な場所、道路で言えば往来のど真ん中的なところに頭を突っ込んで巣を掘り出し、それを眺めていたら気が散るのかまたぶんぶんと飛び回り、そうしたらさっき私たちが壊した巣の元へ降りて、なんとそこを掘り返し始めた。私は生き埋めとなった仲間を助けようとしているのか、それともキリギリスを横取りしようとしているのか、興味深く見守ったがしばらくするとまた別の場所を掘り始め、どうやら彼はただの穴マニアなのであった。

私たちが練習を終え帰ろうとすると、シキミは長い枝を持ってきて、壊した元巣穴にそれを立て、「お墓」にする、と言うので私はまあ好きにしたらいいんじゃない的な態度をとった。それから公園の出口のヤマザクラの木(札が下げられていて名前がわかった)にアブラゼミが止まっていて、私だけがそれに気づいた状態だったが、そういうときって、相手にも場所を教えるのにものすごく骨が折れる。「あの枝」と言っても、私と子供の視点の高さがそもそも違うから私はわざわざ屈まなければならないし、そもそもアブラゼミは茶色いから私はとっとと諦めて帰りたい。携帯のカメラなどを使ってみたが、逆光で歯が立たない。
「何か長いものがあれば説明できるんだけど」
と私が言うと、シキミは先ほどのお墓を引っこ抜いてきて私に渡したので、それで蝉の背中を指すと、シキミはすぐに気づいた。
「今年初めて生で蝉見た」
と言うので、ほんとかよ、と思って墓を投げ捨て、それから帰った。