意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ウラジーナホ文学

朝から電車に乗っている。友人の結婚式へ行くためだ。石段が高い。一段とばしで上がったら、上半身がぼわっとしてくる。晴れている。特急に乗るためにホームへ降りたら、人が多い。人の標本のようだ。学生が少ない。少子高齢化でだいぶ減った。日曜だからだ。座るつもりで私はやってきたが、駄目かもしれない。私はついつい譲ってしまう。電車の席は──
「電車の席はぶんどるくらいの勢いで行かないといけない」
と誰かが行った。私の父だ。父は60を過ぎた今でも毎日1時間以上電車に揺られて勤め先に行っている。50代までは車だった。そのときは市内の「本部」と呼ばれる場所にいて、すぐとなりがトンカツ屋であった。それなりに値の張るところだったが、ランチはいくらか安かった。あと、割引券がもらえた。
「割引券がもらえた」
と父は喜んでいた。父は無邪気なのである。今でも、
「火曜はアジフライを食べる」
と私に教えてきた。私は子供の頃はアジフライなんて、うすっぺらくて嫌いだったが、大人になったら気にならなくなった。あと、魚は油っこくないというイメージがあったが、アジフライは油っこい。私は油っこいものが好きだ。

私は、電車の後ろの方に乗れるところのホームに移動した。端っこまで行くと、海の岬の先のような寂しさがあるので、いいところで足を止めた。大学時代もよくこの辺から乗った。風景は変わった。地元の駅にはロータリーがなく、いつもタクシーが道まであふれていた。傍らに果物屋があって、横を通ると桃の香りがした。私は果物屋のことを思い浮かべると、東京都のことを思い出す。それは東京都に住む私の祖母が、
「果物屋の嫁が子供連れて逃げた」
と話していたのを子供の私が耳にしたからだ。祖母の家には仏壇はあったが、いつも開きっぱなしで、また
「線香をあげろ」
とうるさく言われることもなかったから、都会は違うな、と思ったりした。仏壇にご飯をあげるのは祖母の妹の役割で、妹は家事ができないから仏壇担当だった。妹は二年前に施設に入った。この前私はようやくそこを訪れることができ、義務を果たしたような気分になった。大叔母は私が母の金で買った手みやげを早速開けて、私の子供たちに振る舞ったが、私たちが帰るともう誰がきたのか思い出せなくなっていた。ゆるやかに死が近づいてくる。それでも大叔母は幸せなのかもしれない。部屋の隅にぴかぴかの歩行補助器具があり、ぴかぴかなのは、ほとんど使わないうちに歩けなくなったからだそう。
「立てるの?」と私が尋ねると
「立てるよ」と答えた。
子供が歩行器に後半興味を抱き、すぐに乗りこなせるようになった。
「ほしい」と言うので、
「うちは段差が多いから無理だ」
と答えた。私も無邪気だ。

電車を待っていると、私は並んでいたつもりだったが、前を母子に割り込まれた。片親なのかもしれない。両サイドに小さい子供の手を引き、母子はジェット機のようであった。母親は輸送機のような体型をしている。野球で言えば間違いなくキャッチャーだ。その人は私の比較的そばに座ってている。あまり描写は控えよう。私は座れた。

記事のタイトルを思いつかなかったので、正面に座る人の本のタイトルから拝借した。文庫本の読み終わったページを前に折り曲げるスタイルで読んでいて、そのため表紙は半分隠れている。見える部分だけ使った。