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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

保坂和志「遠い触覚」

読んでいったら山下澄人の舞台について触れられている箇所があり、私は山下澄人のファンなのだが小説は読んでいるが舞台は未観であった。だから私はファンを名乗ることにある種の後ろめたさを感じ、なぜそうなのかと言えば、誰に言われたわけでもないが、ファンというのはすべてを網羅して初めて名乗ることができる、という風潮のせいだ。ミーハーは常に下に見られる。と、書いてきてこれが私のただの思いこみかは置いといて、「ファン」という言葉の響きが気持ち悪くなってきた。気持ち悪いのはまた、昨日バタピーを買ってきて、私は一袋全部食べると絶対気持ち悪くなるぞー、と思いつつも好物なので気がつくともう3分の2食べていて取り返しがつかない。これはピーナッツという豆類が小粒なせいなので、せめて林檎くらいの大きさなら、私はもう少し冷静さを保てるのではないかと思う。昨晩はその前の日に妻と夫婦ケンカをしたから、あまり冷静さを保てなかった。家に帰りたくないなーと思いつつも帰らなければ拗れるだけなので、コンビニでスイーツとビールを買っていく作戦に出た。そのついでにバタピーも買った。バタピーがいちばん安かった。私は私ですら網羅できない。

以下引用

 イケタニはいまださっきの暴力の不穏さを体から発散したまま舞台全体を見回す。すると、覆面の若者・コタニがネットカフェ同様、並べていた二つの位牌が目に止まる。イケタニが、
「なんや、それ? 位牌か? 誰の位牌や? お前の親か?」
 と無駄に高いテンションで騒ぎ立てながら位牌の名前を読むと「コタニ・ミカコ」と書いてある。イケタニは、
「コタニミカコ? 何や、おまえ、コタニミカコゆったらアレか? 水の中で体動かす、何てゆうた? ホラ、ホラ。そや、シンクロか。ほな、アレか? シンクロのあのコタニミカコがおまえのおふくろか?」
 と思いっきり大きな声で言い、こっちが「こいつは本気でそんなこと言って、コタニに絡もうとでもしてるのか?」と思ったところで、
「なわけねえよな。」と落とす。
 が、何故だかすぐにイケタニは位牌を見つけて位牌のところまで行き、名前を読んで「コタニミカコ?」と同じことをしゃべり出す。同じことの繰り返しを見せられる観客は独特な不穏さに陥る。が、今度は途中で、
「デ・ジャ・ヴュか?」
 と、我に返る。が、イケタニは再び位牌を見つけて位牌のところまで行く。そして、「デ・ジャ・ヴュか?」まで同じ演技を繰り返す。

河出書房新社 p53)

私は「デ・ジャ・ヴュか?」の部分で爆笑してしまい、それはそこまで「ゆうたら」みたいなだらっとした喋りだったのが、急に「デ・ジャ・ビュ」と妙にしゃきっとした発音になり、しかも一文字ずつ区切ってバカ丁寧に発音するからであり、しかしこれは多分文字のあや、というか実際は「でじゃぶか?」みたいに言ったのだろうが、それじゃ伝わらないから「デ・ジャ・ヴュ」と書かれたと予想する。そして、再び頭から同じことが繰り返され、今度は少しぞっとした。

山下澄人は「ルンタ」という小説の中でも、同じ文章を繰り返す場面があり、「ルンタ」はまだ去年くらいに発売されたばかりだから、小説を書いているときにはそれは新しいアイディアではなかった。「遠い触覚」はまだ夏に出たばかりではないか、という意見もあるが、遠い触覚に収録された文章はもっと前に書かれたもので、ネットにも公開されていて、私はそれを読んだ記憶もある。私は本を読むまではまさかネットにあるものがそのまま入っているとは思わなかったから、
「なんか読んだことあるなー」
と最初思い、まさしく「デ・ジャ・ヴュ」のような気分を味わった。しかし最初は小島信夫の話であり、保坂和志は犬も歩けば棒にあたる、ばりに読めば必ず小島信夫が出てきて、しかも他で書いたものを引用したりするからその類だと思って読み進めた。そうしたらネットで読んだやつだった。保坂が犬、小島が棒、である。

話は変わるが、私は高校二年の時に初めて小説を書いたが、そのときには同じ文章を繰り返した。そういう自分のアイディアに、当時はおそらく酔いしれていただろうが、同時に「同じことが書いてあったら、とばされてしまうだろうな」と不安であった。そういう発想をする人間が、よく小説なんか書けたと、今になってみると思う。実は私はこうやって文章上ではだらだらと、結論のないことを書くことが多いが、実際は気が短く、口癖は「要するに」で他人には「で、何が言いたいの?」みたいな絡み方をする。

それで、またまた話は変わるが、私は思うに、人生で初めて書く小説には、その後に書くであろう内容がすべて含まれているのではないか、と思う。その最初に書いた小説が押し入れのどこかにあるのか、それとも捨ててしまったのか、そういう状態だから勝手なことが言えるのだが。