意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

足がかり

昨日東京都と埼玉県の美術館に行った。最初友達が私の家まで迎えにきてくれて、私は
「9時半」
と時間を指定したが、実際にやってきたのは10時を過ぎてからだった。いつも時間にルーズな人だったので、私もいつものことだと気にしなかった。しかし彼がやってきたとき、私はトイレに入っていたから、最終的に私が待たせるような形になってしまった。チャイムが鳴らされたが、家族はみんな出払っていた。出払っていて良かった。それから私は尻をよく拭いてから外に出て、すると彼の姿はなく、家の前にシルバーの彼の小型乗用車が停まっているだけであった。私は即座に、
(神隠しかな)
と疑った。私は疑り深い性格なのである。それから家の周りを探してみた。もしかしたら、彼が探偵の真似事でも始めて電気のメーターなどを見に行ったかもしれない、と判断したからである。この家のどこに電気のメーターがあるのかは知らなかったが、家の周囲をぐるりとすれば見つかるだろう。しかし草が生い茂っているところがあったので、私は靴とズボンの裾を汚したくなかったので断念した。靴はつい先日に購入したばかりであった。

よく晴れた日だったので、両隣の住人も外に出て庭いじりをしたり、日曜大工に精を出していた。いずれも高齢だった。私の家の周りは高齢者が多い。向かいの老人が老人度でいえばチャンピオンだったが、背筋はぴんとしていた。男で背も高い。息子と二人暮らしをしていて、息子の方はあまり姿を見せないが、外見は似ており私は
「息子さん」
と息子さんの話をするときはそう呼ぶが、実際は私より20歳とか上だから、滑稽だ。父親の方は四捨五入すれば90だ。

隣人はそれぞれの仕事に没頭し、私と目を合わせようとせず、なんだかよそよそしかった。私がよそ行きの格好をしていたせいかもしれない。私の実家の私の母は東京都の出身で、私は結婚してすぐのころに義母に
「お母さんはさぞかし贅沢な暮らしをしたのだろうね」
と言われた。隣人もそういう目で私のことを見ているかもしれない。母の母、つまり私の祖母はバブルの頃は株でいくらかは儲けたが、庶民は庶民だ。さほど大きくない家に住んでいる。祖父は金に執着しない性格だった。

やがて高い土地の方の小道から、友人が歩いてやってきた。私はこのまま彼がやってこなかったら、私の車の真ん前に彼の車があるから、レッカーで移動させなければならないとか考えていた。もちろん半ばふざけてそう思っていたのである。だから、彼が土地の高い方の、小道から歩いていたらやってきたときもそれほど驚きはしなかった。彼は天気が良かったからその辺を散策してきたのだと言った。隣人がよそよそしかったのは、見慣れない顔がうろうろしていたからだった。高い方の土地の小道を進んでいくと、やけに庭の広い青い屋根の空き家があった、と彼が言った。彼は
「空き家があった」
と珍しそうに言った。私の家の方は、最近引っ越してきた人も多いから、珍しく見えたようだ。私は
「そこは元ゴミ屋敷だよ」
と教えてあげた。私が今の家に越してきたころには、まだそこには一組の父子が住んできた。義父が近所に顔見せをすると行って、辺りをうろうろしながら、その家の前も通ったが、
「ここんちはいいや」
と、飛ばした。飛ばすといいながら、少し敷地に入り、家の中を覗いていた。玄関の先までゴミが溢れ出ていた。割と最近のゴミもありそうだ。玄関は閉まっていたが、南向きの窓は開いていた。開いていてはいるが、人の気配はしなかった。窓も閉めずにでかけることはこの辺では珍しくなかったが、自転車は郵便受けのすぐそばに停められていた。郵便受けには少し前に配られた市の広報がつっこまれたままだった。

そして友人が“広すぎる庭“と言ったのは、そのときは竹藪だった。そのときはただの竹藪だったが、あるときから鷺のような白い鳥の群れが住みついて、糞がすごいことになった。鳥の中には白くないのもいて、それはまだ子供だと、教えてもらった。子供も体の大きさは大人と変わらなかった。竹藪は私の家の二階の窓からもよく見えた。夕方になると鳥は帰ってきて、嵐でもないのに竹がゆっさゆっさと揺れた。鳴き声も聞こえた。とにかく糞がすごかった。私の車や、隣家の家の車のボンネットが糞まみれになった。飛びながらまき散らすので、糞はいつも斜めに伸びていた。

近隣の住民は迷惑なのでどうにかしてほしいと家主に訴えたが、放置したままだったので、義父はタイヤでも燃やせば煙で追っ払える、と言っていたが、結局竹はすべて切ってしまった。それからしばらくして親子は亡くなった。