意味をあたえる

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ロラン・バルト「明るい部屋」

ずいぶん昔のことになるが、ある日、私は、ナポレオンの末弟ジェロームの写真(一八五二年撮影)をたまたま見る機会に恵まれた。そのとき私は、ある驚きを感じてこう思った。《私がいま見ているのは、ナポレオン皇帝を眺めたその眼である》と。この驚きはその後も決して抑えることができなかった。私はその驚きのことをときどき人に話してみたが、しかし誰も驚いてはくれず、理解してさえくれないようなので、私自身も忘れてしまった(人生は、このように、小さな孤独の数々から成り立っているのだ)。「写真」に対する私の関心は、その後もっと文化的な形をとるようになった。私は映画に背を向けて「写真」のほうが好きだと宣言したが、しかし「写真」を映画から区別することができなかった。

(引用:ロラン・バルト 明るい部屋 写真についての覚書 花輪光訳 みすず書房

私が引用した箇所は冒頭であるが、これを読んだときに私は、私の文章を読んでいるような気になった。だから、ふだん私の記事を読む人はこういう感じなんだろうな、と私は思った。楽しい心持ちであった。私とロラン・バルトを並べてしまうなんて、恐れ多いとか、あるいはfktackらしい、と感じる人もいるかもしれないが、確かに私とロラン・バルトは生きている時間すら違うが、それでも私はロラン・バルトに影響を与えた、と言ってもいい。

私はそんな風なことを考えたときにイメージしたのは少し前に読んだ保坂和志「未明の闘争」の中で、チェーホフの小説の中で老婆がペトロがイエスが捕まったあとに焚き火にあたっていたら、一緒にあたっていた人に、
「お前はイエスの仲間だろ?」
と追求され、ここで「そうだよ」と答えればイエスと同じ運命になると考えたペトロは三度
「イエスなんか知らねーよ」
と答える。それが実は最後の晩餐でイエスに予言されていたことで、そのときペトロは調子こいて
「私がイエス様を知らないなんて、口が裂けても言うはずがない」
と言い返したが、実現し、ペトロははっとした。その瞬間ペトロの口はこめかみまで裂け、裏返しになってしまった。というのは私の創作だが。それでペトロは打ちひしがれる。それで、そういう聖書の話を聞いた老婆は突如涙を流す、という話なのだが、つまりその瞬間ペトロと老婆は心というか感情がリンクし、時間という概念が取っ払われ、お互いがお互いに影響し合っているのである。だから私たちが何かを書き残す、というか行動すべては、その瞬間にその先の未来永劫の感情がすべて含まれているのである。私は実は今手元に「未明の闘争」があればちょっと老婆とペトロの部分を読み返し、もっとちゃんと今のところを書きたい、ともどかしい気持ちにかられたが、このもどかしさは間違いなくこれから読む人のものでもあるから、私は、別に読み返さなくてもいい、読み返したとしても、もうこれは私自身のオリジナルに違いない、と確信した。私のもどかしさは、私自身に向けられたものだからだ。

私たちが人でも物でも、何かを知る前と知った後には印象ががらりと変わることがあるが、その変化とは必ずしも私たちの内部の変化だけではないのだから、私たちはもっと自信をもって物事に接しても良い。

それで、ペトロの「イエスを知らないなんてありえない」に戻るが、世の中の「ありえない」はだいたい起こる。私が未就学の頃、近所に小学6年生の、ガキ大将、というか孤独なガキ大将みたいな人がいたが、その人との遊びが済んで別れるときに明日の予定を訊かれるが、私は親の都合などもあるから、
「遊べるかもしれない」
と答えると、
「「かも」は実現しないから、「絶対」と頭につけなさい」
と注意されたので、私は
「絶対遊べる」
と言い直した。そうしたら遊べたので、私は、「絶対、おそるべし」と思った。その人は私を服従させるために恐怖を利用していて、その頃私の家の前の道は砂利道だったが、そこから小石を拾い上げると、
「これをお前に向けて投げれば、頭を貫通することができる」
と豪語した。私は震え上がったが、私も時がくればそのくらいの力が手に入るのだとワクワクした。しかしそんな日は来なかった。

あるいはこの話は以前にも書いた気がする。