意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

朝の光景(fktack-リミックス)

道端の電柱にしがみついているおじさんがいた。その少し先に犬を散歩させている人と犬が歩いていて、犬は白かった。私から見て向こう側に向かって歩いていたので、犬の※印がよく見えた。※印とは、肛門のことである。これらが特に何事もないようは調子で歩くので、その前の電柱にしがみつく中年とはあまり不思議な光景ではないと、私は判断した。「しがみつく」と書くと、読者は蝉のように、「地上○メートル」とかイメージしたかもしれないが、地に足はついていた。つまり抱きつくような体勢だった。そういうのは、特にファンタジックじゃないのかもしれない。だからぎょっとした私のほうがおかしいのだ。中年は片手をチョキにして、もう片方は人差し指を突き立てていた。それを目印にして、奥から白い軽自動車が出てきた。私はやがてこの中年男性は、ミラーなんだと理解した。カーブミラーというのは公共のものだけど、個人が取り付けても構わないから、立派なガレージの家などはその軒先にちっちゃいミラーをつけたりする。まるで、ガレージがとても立派だということを誇示するみたいに。それはあくまで個人の所有物だから、例えばそれようの人を雇って、朝から突っ立っておかせていたっていいのだ。だけどおっさんはいいとして電柱はヤバいんじゃないか? あれは公共だから。でもそうしたら電柱も個人の物とすれば良い。町全体を個人の物とすれば良い。全員奴隷なのだ。

その少し前、私は白い車を運転しながら信号待ちしているとすぐ前を軽バンが停まっていたが、突然に助手席のドアが開き中から男の上半身が斜めに出てきて、そのままどうするのかと思って見ていたら道路に向かって吐いた。吐瀉物を受け止める地面はちょうどマンホールになっていて、マンホールの鉤型の工具を引っ掛ける穴の部分に固形が挟まった。マンホールの上にちょうど吐けて男は
「セーフ」
とか思ったのかもしれない。ぜんぜんアウトである。あるいは最初からバンはマンホールを探して一晩中走り続けていたのかもしれない。その途中で男は車酔いしてしまい、吐かねばならなかった。やがて信号は青になったので、私は車の溝に固形がハマらないように、タイヤとタイヤの間にマンホールを通すような、高度な運転テクニックを要求された。

私がセブンイレブンで車を降り、レッドブルを購入するために立ち寄ると、店員が
レッドブル買うな」
と思った。否定の「買うな」でなく「買うぞ」のほうの「買うな」である。つまり朝のパートの女の店員は、私がレッドブル買うと予想していたのである。私は左のレジと右のレジのどちらにするか悩んだが、右のレジの人がおでんを買っているから左にした。
「ちーん、206円です」
と言うから財布を開いたら、なかなか小銭がつかめないので、焦った。例えば世界中の硬貨が竹輪だったらなあ、とか思った。右の男のつかんだ竹輪が、黒ずんでいたからである。

それからわき道に入って小学校の脇を通ると、柄のスカーフを首に巻いた女が、白い息を吐きながら右手を水平に掲げていた。その後ろに一般人が歩いている。どうやらこの女は不動産会社の営業で、これから新規物件を紹介しようという魂胆なのである。私の車がやってきたから、二人は半ば無意識のうちに、端の駐車場に足を踏み入れた。そこは砂利の月極駐車場だった。不動産の女のヒールが、小石をはじいた。不動産の女は砂利が似合う、と私は思った。女は般若のような顔つきをしていた。朝からご苦労様である。女が手を掲げた先には、先ほどの蝉のようなミラーおじさんがいた。小学校は朝自習の時間なので、誰も校庭にいなかった。私はアレだった。