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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

短歌の自由12月号

最終回」 短歌

1. ファー

幼少時「ファーファ」と呼んだ吸入器高いし重いし親に悪いな

2. 密

受験生、人口密度を取り違え秋田と沖縄逆に置く×

3. LED

ドラマーはLEDツェッペリン聞かなきゃと言われRの棚を目指すが

4. グレーゾーン

グレーゾーン

    








アウターゾーンて漫画が昔やってたジャンプで連載

5. くま

くまんバチ、アシナガバチとは腹違い。イトコのミツバチ、義母・ウエキバチ

6. 石

先に出た、にじ子さん作「石は兄、妹は骨」が気に入りました。(※)

7. イエス

その悩み「イエス! タカス!」がお手伝い。ヘリからくるよ、へりで待ってて。

8. 鐘

鐘突き堂そばの竹藪で大叔父が両手手放しで立ちションをした

9. 氷

私の妻はしょっちゅう氷噛み子供も真似して乳歯も冷えた

10.【枕詞】降る雪の

降る雪の消えたスプーンで模擬裁判 あのとき先生最後の授業で「


一昨日かそれくらいにテレビでM1というお笑いの日本一をキメる番組がやっていて、そこに斉藤というのが出ていて、そうしたらいまださんが、卯野さんに、
「斉藤といえば、斉藤斎藤ですよね」
Twitterでリプライしており、私は思わず嬉しくなってその会話に割り込んで、
「実は少し前に斉藤斎藤の歌集買ったんですよ」
と表明した。人は誰でも歌集を買うと、その歌人を知っているのはこの世の中で自分だけという気になりがちだが、さすがにこの二人は斉藤斎藤のことを知っていて、
「日常に対する洞察がすごい」
と評していた。

私が斉藤のことを知ったのは「音楽夜話」という雑誌でとりあげられていたからで、この音楽夜話という雑誌も定期購読しているブログから知って買ったので、ぜひ自分のブログでも取り上げたいと思ったが、ついにそのタイミングはやってこなかった。毎月参加している短歌をアップするタイミングで書けばいいのだが、短歌を書いているときはなんか全然別のことを考えていて、そういうのが過ぎ去ると、私は「もういいや」という気分になってしまって書けない。私の「もういいや」は読者に対する唯一のリスペクトというか愛情というか、とにかく私は私の持てる力は振り絞りましたよ、というポーズなのである。だから例えば逆に最後がきれいにまとめられた文章というのは、なかなか油断ができない、余力を残しているんじゃないかしら? と読者に疑いの目を向けられてしまう。それでも良い評価を得られるというのは、それなりのテクニックを持っているのでしょう。

斉藤斎藤にかんしては、確かに歌そのものは素晴らしく、私は感動したのだが、紹介文はひどくて、私はその根拠を書き連ねるところから立脚して記事を書こうと思っていたが、さっきひさしぶりに読んでみたら、どこがひどかったのか、もう忘れてしまった。たぶん、その後歌集を買って読んだりとかしたせいだ。その代わり書き始めの

 この歌集がピンと来るのはどんな人だろう。

という一文で私は書き手に対して極めて同情的な気持ちになってしまい、物を書くという仕事は実に惨めなものだと悟った。ピンとこなくても、決められた文字数を埋めなければならないのだ。もちろん書き手は変化球を投げていて、私は頑なにそれを「ストレートだ!」と主張しているだけなのかもしれないが。ちなみに取り上げられた歌は以下のもの。

矢野さんが髪から耳を出している 矢野さんかどうか確認が要る

私が感動したのは「矢野さん」が二回出てくるところだ。文字数がわずかしかない短歌というもので、個人名+敬称が二度も出てくるなんて、文字の無駄遣いも甚だしい。しかし、ひっくり返ってみると、短歌を詠むとき、いかに文字に対してケチくさくなっているか、気づかされる。いや、こういうことがいいたいんじゃないな、私の文章がなんだかケチくさくなってきた。

浜ちゃんが司会をやっている番組で、タレントたちが書いた自作の俳句を、プロがばっさばっさやっていく番組があるじゃないですか? あれで単語の置き換えをしましょう、と言ってもっとコスパの良い言葉が出てくるんだけど、もちろん芸能人の絶望的な言葉選びは置いといて、そうやってたくさんの意味を含んだ言葉、イメージが広がる言葉を並べていきできた俳句が、本当に素晴らしいのか、私は疑問だ。もちろん素晴らしいのだが、手放しで
「素晴らしい」
と言っていいのか、それは誰がどう見ても素晴らしい言葉のコレクションであり、つまり消費され尽くした素晴らしさなのだ。そんなときに斉藤の上記の歌に出会うと度肝を抜かれる。使える言葉のバリエーションを減らし、それなのにイメージはちっとも貧しくない。それは何故か?

私はそれは斉藤の歌が散文であり、完結してないからではないか、と思う。

意図せずに話がある方向に向かって進み、なにやらメッセージのようになってきたので、これ以上は野暮になりそうなので、これ以上書くのは止す。

引用は株式会社Pヴァイン 別冊ele-king 読書夜話 98ページ