意味をあたえる

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友達の家がなくなった

昨日の話とどこかつながっているような話を私は書こうと思っているが、後半は義父の悪口になりそうだ。

用があって友達の家に行くこととなり、その友達というのが小学校時代からの友達で、彼は土間のある家に住んでいた。履き物を脱いで座敷にあがるとテレビとコタツがあって、私たちはよくそこでPCエンジンをした。私たち、というのは私と彼以外の人も含まれていて、私たちは彼の家のPCエンジンシャトルにマルチタップをつないで五人でボンバーマンをやったりした。マルチタップは誰のだか知らないが、とにかくコントローラーは五本も持っていないから、各自が自転車のカゴに突っ込んでやってきた。PCエンジンというのは、コントローラーが着脱できるが、端子のぶぶんがパソコンと同じで変な付け方をすると中の針金がすぐ曲がってしまうので、取り付けるときは注意が要った。あと、PCエンジンのソフトはヒューカードと呼ばれ、文字通りカードサイズのファミコンなんかに比べたらはるかに洗練されたデザインだったが、その小ささのため、気を抜くと机の脚で踏んだりしてへし折れたりした。あと抜き差しのときに指が滑らないようにと、端の方に切り込みが入っているが、その溝に手垢が詰まってしまうから、私たちの間で溝に指をかけるのはご法度だった。特に他人のソフトを借りたときなんかは、気をつけなければならない。あと、ヒューカードはサイズこそ小さくて持ち運びに便利だが、データを保存する機能はなく、RPGとか長ったらしいゲームをするときには、外付けの「天の声」という記憶装置を購入する必要があった。「天の声」はたしか2まで出た。

ボンバーマンは白が土間の人、黒がコバ、青が義文と決まっていた。義文の家はレンタルビデオショップで、昭和天皇崩御したときには、店はかつてないほど混んだことを教えてくれたことがある。私は実はそのグループに入ったのは後のほうで、だから自分の担当カラーはなく、するとたまに土間が白を譲ったりしてくれた。

土間の人、名前を岸村というが、岸村の家は実は私が二十歳くらいのときから引っ越していて、同じ敷地内に家を新築し、そこに住んでいた。しかし古い家もずっと残っていたが、昨日行ったらもうなかった。こう書くと私は昨日初めてなくなったことに気づき、驚いた風であったが、家をつぶしたことは、そのときにたしか聞いていた。私の祖父母の家も古い家と新しい家があって、私が幼い頃には土間で餅つきをして、餅をくったりしたが、祖父が事故で死ぬと、急に誰からとなく、
「古い家をつぶさないと危ない」
と言い出した。家主が死んだら家は脆くなる、という迷信でもあるのだろうか。そういうこともあるかもしれない。祖母は古い家をつぶし、新しくガレージ兼物置を建てた。中にトラクターとかコンバインを収納した。古い家にもガレージがあったが、そこには人も住んでいたし、蚕もいた。蚕は新幹線に似ている。蚕は父によると大変人なつっこい動物で、夜、人が寝ている布団に入ってしまうこともあるらしい。朝になると蚕は変わり果てた姿で発見される。

岸村の父はまだ存命だったが、家は三年前につぶした。地震もあったし、いつつぶれるかわからなかった。岸村の兄には子供が産まれ、その子供が何かの間違いで生き埋めにでもなったら大変だからである。私はその前から岸村に
「古い家ははやくつぶした方がいいよ、あぶない」
アドバイスしていた。岸村の父はもちろん私のアドバイスにしたがったわけではなく、家をつぶした。そこは更地になった。私はその話を聞いたが、やがて忘れてしまった。

用が済み、岸村の家の梅の花がきれいだったので、気の利いたことでも言ってやろうと思い、
「梅がきれいだね」
と言った。昨日は風がとても強く、私たちは軒先で話をしていたから、私の体は冷えたので私はさっさと帰りたかった。
「ああ、あの梅はたぶん俺んちのじゃないよ」
と岸村。私は岸村の家の梅を褒めたのではなく、梅の花全般を褒めたつもりだったので、奇妙な気持ちになった。岸村は、私が岸村とは無関係の梅を誉めたら、損した気持ちになるのではないかと慮ったのかもしれないが、それは見くびりであった。家同士の境界が曖昧になっている、と岸村が言った。手前のミカンの木までは確実に岸村の土地だが、その先はわからない、と言った。土着の人々は、だいたいにしておおらかなのである。対して私の今住む家の周りに住む人は、余所から来た人たちで、それぞれが競い合うように土地を盛ってそこに家を建てた。

私がいい加減帰ろうとすると、岸村は
「ちょっと待て」
と言い、奥から缶ビールを持ってきて私にくれた。私は岸村からビールをもらうなんて初めてだったのでとても嬉かった。今年いちばんの出来事と言っても良かった。しかしそれはアサヒスーパードライで、アサヒスーパードライは義父の好きな銘柄なので、見つからないように工夫しなければならず、私はコンビニの袋にビールを入れてぐるぐる巻きにして、家に帰ると冷蔵庫のいちばん奥にしまった。義父は比較的まともな人だったが、酒にかんしては駄目で、過去に私が知人にもらった焼酎を部屋に置いといたら、私が家を空けている間にそれを飲んでしまった。以来私は部屋に焼酎を置くことをやめ、飲むのはウイスキーやワインなど、洋酒を中心にすることにした。