意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

携帯カイロ

朝からぱらぱらと雨が降っていて、しかし中止の連絡がないので、私が起きて下に降りたときに、義父はカッパを着て支度を整えていた。流しには納豆を食べた後の丼が水に浸してあって、義父は昭和20年代前半生まれだったか? とにかく昭和前半生まれはよく米を食べる。米を食べなければ力がでないと信じられていて、また、実際力は出ないのだろう。私は十代のころから太りやすいタチで、それは中学三年の夏休みに部活を引退したのがきっかけで、そこか、私はぶくぶくと太りだした。だから米は十代後半からほどほどといった具合なのだが、米をよく食べる男の娘である妻は、いつも私の茶碗に山盛りにご飯をよそう。私が
「ほどほどでいいよ」
と言ってもほどほどがわからないので、今は私が自分でよそう。

私は、もう中学のころからみんなで何か、というのがとにかく馬鹿らしくてたまらなくて、特に夏の暑い日にしんどい思いをしながらラケットをぶんぶん振り回したり、相撲をとらされり、こんな馬鹿げたことはなかった。私はテニス部だった。相撲部ではなかったが、たまに先輩に相撲をとらされた。先輩が砂のまかれたテニスコートに折った枝で即席のトーナメント表をつくり、私は第三シードだった。三番目に体格が良かったからである。私は名前を訊かれ、
「弓岡です!」
と答えると、先輩は「ゆ」と書いた。ひらがなの「ゆ」である。すると隣の別の先輩が
「ゆ、ゆ、ゆ~、の湯名人♪」
と歌い出して、「ゆ」の人が爆笑した。湯名人とは、当時さかんにCMが流れた風呂の湯沸かし器の名称で、「ゆうめいじん」と発音する。有名人とかけている。そのあとに
「わが家はみんな湯名人♪」
と続く。つまり、この湯沸かし器を使用すれば、有名人のような魅力的な人物になれると謳ったのである。