意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ヘッドライトにうつしだされた女性の脚が突然もげたと思ったら、死角から飛び出た柴犬だった

今日仕事をしていたら、自分が就職したてのころのことを思い出し、二回くらい同僚に話した。別々の同僚だったので、聞いた側は一回だった。電話でずいぶん横柄な口をきく人がいて、私が新人だった頃、周りはみんな先輩であるから当然その人も先輩であるから、横柄な態度は当然である、というふうに私は好き勝手言われた。その人は電話でしか存在の知らない人であったが、あるときその人がいる建物へ出かける機会があり、全体で建物は二階でその人は一階に働いていて、私は実は用があるのは二階のほうだったから、その人には会っても会わなくてもよかった。しかし私はチャンスがあればそいつの顔を見ておぼえ、今度電話でまたため息とかつかれたら、その顔を思い浮かべてやろうと思った。一度顔をおぼえれば、以後似た顔の人と知り合いになったときに、
「こいつは性格がねじ曲がっている可能性大だ」
と判断し、私が身を守るのに役立てようと思ったのである。

玄関に行ったらひとりの男がスポーツ刈で黒縁のメガネをかけていて、玄関を長い柄のほうきではいているところに出くわした。彼は私を見るなり、
「弓岡君、おはよう」
と挨拶してきた。
「おはようございます」
と私はかえした。もう慣れた? と彼は私を気遣った。私は当時はこの手の質問にどう答えていいのかわからず、また何かしらの罠が仕掛けられている気がしたので、
「いえ、まだまだ全然です。全然おぼえられません」
とか答えていた。しかし「もう慣れた?」という質問は実は汎用性の高い言葉であり、昨今例えば後輩に趣味を問うたりする行為が、自己の評価を下げたりするものだが、「もう慣れた?」なら、なんのプライバシーの侵害等にもならないので、私もついつい後輩に
「もう慣れた?」
なんて言ってしまう。

そのときほうきの男の正体ばかりわからなかったが、後から確認したらその男こそ、私にさんざん罵声を浴びせた愚田だった。愚かだから愚田なのである。私はそのとき生まれて初めて“電話口だと人格が変わってしまう人がいる“ということを知り、ぞっとした。思えば酒で人格が変わる、というのを知ったのもそこの職場だった。笑い上戸とか泣き上戸とか、酔うと人格が変わる人がいるのは未成年のときから知っていたが、初対面が酔った状態でめちゃくちゃやった翌週なんかにその人に会いに行くと、やはり物腰がやわらかくて喉をいたわったしゃべり方をするから、私は不気味で仕方がなかった。私はそれまでは、酒で人格が変わるというのは、変わると言ってもせいぜい、普段からある程度乱暴な口をきく人なんだと思っていたから心底驚いた。

それで補足すると酒で人格が変わる人と電話口で人格が変わるはぜんぜん別人物であり、今思い返すと、変人のデパートみたいな職場であった。