意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

一泊旅行(2)

そういえば昨日書き漏らしたこともいくつかあったので以下に書くが、庭のある雑貨屋があり、そこの庭に小川が流れていて、そこに3歳くらいの男の子が落ちてしまい、ぎゃんぎゃん泣いていた。私は最初
「裸の男の子が泣いているなー」
と思っていたが、裸なのは日もでているし小さい男の子だったし、何より芝生だったから裸なのに全く違和感がなかった。芝生といっても、その向こうに赤松が植えられ、その先には車がびゅんびゅん通る舗装路だったから、偽物の芝生なのだが。

私は晴れているからそこで本でも読んだら良かろうと思い、バッグにこの前図書館で借りた「ラデツキー行進曲」の文庫を入れ、石のベンチに腰掛けたが、日差しが強くてすぐに嫌になって、日陰のベンチをさがした。やがてあった。しかしそこは喫煙所であり、私は煙草を吸わないから、喫煙者のスペースを奪っては悪いと思い、近づかないことにした。そこは普段私たちがイメージする喫煙所とは違っていて、普通の建物と建物の間にあった。喫煙所のベンチの向かいにも石のベンチがあったから、私はそこに是非とも座りたいと思ったが、そこには先客がいて、彼はスマホをいじっていた。が、やがてどいたので私は腰掛けることができた。ベンチというのは何人掛けであっても、誰かが座ると端までその人の占有物という風になってしまうから不思議だ。私はともかくお尻が汚れるのは嫌だったが座った。すると傍らに砂の詰まった壺が置いてあり、砂には数本の吸い殻が刺さっていた。

私には子供がいるが、他人の子供の年齢を読むのが苦手だ。だから、ひょっとしたら石のベンチに立たされ、生まれたばかりのようにぎゃんぎゃん泣く子供について、さっきは3歳と書いたが自信がない。四歳とか五歳かもしれない。3歳と判断した根拠は、パンパースを履いていたからで、そういえば手塚治虫「ブッダ」の中で、殺人鬼アナンダを追うパンパス刑事というのがいたっけ。古代のインドに、「刑事」というのが似つかわしくなくておかしかった。しかしパンパス刑事は犬をけしかけたりと、意外とワイルドで、そういうのが古代っぽかった。犬が武器となる時代なのである。

私は昨日の記事で、独自の育児論を展開したが、私は多くの人のように幼児の泣き声にはストレスを感じるが、その、生まれたてのようにぎゃんぎゃん泣く子供の泣き声は、初夏の青空に吸い込まれて、さわやかだった。子供は川から父親に助け上げられ、石のベンチに立たされ衣類を脱がされるために万歳を強要され、足腰もまだまだ弱くてがに股だった。川から上げられるなんて、桃太郎みたいだな、と私は思った。川の向こうでナイトバザールがある、と看板が立っていた。私たちはしかし、次はアウトレットに行こうと思っていたからナイトバザールには参加しなかった。ナイトバザールは夜6時からだった。

アウトレットはインターのそばにあり、私はそこで新しい靴を買ったが、しかし疲れた。さっきの雑貨屋よりも建物が四角くて人工物臭くて、私も人工物のように振る舞わなければならないから疲れるのだ。ベンチも鉄でできていて石と鉄のどちらがかたいかはわからないが、鉄の方が冷たかった。特に日陰のベンチに腰掛けたら、惨めな気持ちになりそうだった。犬が何頭も歩いていて、芝生でウンチを掴む人がいた。入り口付近の階段で、犬の集団が、その階段を占拠して、ずいぶん長い時間記念撮影をしていた。犬の集団は、また人間の集団でもあった。人間がそれぞれの飼い犬の名前を連呼していた。人間のような名前の犬もいれば、犬のような名前のもいた。みんなが避けて階段をはじめとする上り下りしたが、それは気を遣ったわけではなく、単に写真に写り込みたくなかったからだ。