意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

分数

一昨日くらいに旧川さんが分数について記事を書かれていて、思い出してみるとそれはサンボマスターについての記事で、後半で「○ンボマスター、○に入るのは?」みたいな大喜利テイストになって、私はぼんやりと、
「分母マスター」
と答えていた。一方で私のヤンチャなぶぶんは、
「チンボマスター!」
と、息巻いていたが、旧川さんは
「チンボマスター:泌尿器科医」
と、エロ0%で淡々と答えていたから感動した。

ところで、私が小学時代に初めて「分母」という言葉を目にしたときに、自分の母親を連想したことは言うまでもない。低学年の頃、一度か二度、担任を
「お母さん」
と呼びそうになって「おか....」でなんとか踏みとどまったものの、級友たちにはバレていた。私はそこで、
「違うよ、オカマだよ」
と苦しい言い訳をした。もちろんお釜のほうであり、
「(担任の女性の)お釜の似合いそうな、家庭的な一面を発見した」
と、言いたかったのである。とは言うものの、じっさいの担任は生徒の椅子や引き出しを没収し、独裁者然としていたわけだが。それは一年の担任であり、二年は定年寸前の、家庭的というか家庭そのものといった風貌であり、給食でご飯の減りが悪いと、どこからか塩を持ってきて、オニギリをこしらえて生徒たちに振る舞った。とてもうまかった。

ようやく教師と母親の区別がついてきたころ、「分母」という言葉が登場した。分母の上には分子がいて、それは母親が幼子をおぶさっているように見え、懐かしい気がした。私にもそういう時代があった。私は母に抱き上げられた記憶はないが、二歳か三歳のとき、車で出かけたときに家まで歩くのが面倒だから寝たふりをして、父に抱きかかえられて運ばれた記憶がある。私はそういう記憶があるから、幼い子供でも意外とズルい一面があると認識している。

分数は分子の数の方が分母よりも大きくなることがあり、そういうのを仮分数と呼ぶが、仮分数の、なんと甘ったれのことか!