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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

中学日記

昨日は中学生時代のことを一生懸命書いたが、中学時代というのは私の中でとくに楽しくもなく、ぼんやりした時代だった。もちろん細かく見れば腹を抱えて笑うような出来事もいくつかあっただろうが、小学校六年の二学期くらいに説明会というのがあってそのときに自分が入学予定の中学という場所に行くのだが、砂利の駐車場から体育館の道すがらに感じた不安を、ついに最後の最後まで払拭できなかった。私は小学六年のときがいちばん楽しかったが、なぜそれが小学校で終わってしまったのかというと、クラスの半分が別の中学に行くことが決まっていたからだ。だから私にとって小学校の卒業とはかなり大きな区切りで、ある種の「終わり」だった。私は小学三年くらいから
「中学なんてまだまだ先だ」
という感覚を抱いていたが、おそらく卒業直前の3月2日か3日くらいまで「まだまだ先だ」と思っていた気がする。

私は定期的に自分の人生を俯瞰する癖が子供のころからあって、たぶん9歳くらいのときに
「まだ十代にもなっていない」とか、
それから少し成長してからも
「大人になるのはまだまだ先だ」
「子供時代が長すぎる」
とか思っていたら、もう結婚して子供までいるから、一体自分の中でなにが起きたのか把握できずに混乱しそうになる。これはおそらく、私は20代のときにあまり自分の人生を俯瞰しなかったから駆け足で通り過ぎてしまったためだ。私は20代の時は比較的生きることに夢中だった。前半はバンドに、後半は仕事に打ち込んだ。仕事に打ち込む、というと多くの人と私のイメージは違ってしまうが、人が死んだりしたからマジにならざるを得なかった。バンド活動については、あまり真面目にやらなかった。その理由について私は自分が集団活動のできないわがままなやつだから、と誇らしげに思っていた。私は動物占いは狼だった。今思い返せばそれは「できる・できない」の話ではなく「やる・やらない」の話だった。