意味をあたえる

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対価

昔の村上春樹のエッセイで、村上春樹は小説家になる前はジャズ喫茶を経営していてそこに色んな人が「働きたい」とやってきた。そこにたまに
「お金はいらないんで、後々こういうお店を経営したいんで、働かせてください」
という人がやってくる、とあった。ただ働きというわけにはいかないからいくらか給料を払うがそういう人はまずまともに働かない。遅刻はするし●●はやろうとしないし、挙げ句の果てには、
「給料が安い」
と文句を言う。だから「お金はいらない」という人がいたら、まず疑ってかかった方がいい、という話だった。書きながら思ったがこの手の人たちの「お金」はそこで働きたいがための方便であり、決して奉仕をしたいという気持ちがあるわけではない。

しかし私も仕事がなくて働かなければならないときは、だいたい面接にいけば嫌な目にあうので
「給料安くてもいいから、さっさと決めちまいたい」
という感情には理解がある。面接は緊張するし、長い距離を歩かなければならないから私は嫌いだ。あと、散々気を持たせて置いて、私も徹夜で成果物を作ったりしたこともあったが、
「主人がアメリカから帰ってきたら「ダメ」というからダメです」
と断られたこともある。そこは護国寺となんとかという駅のちょうど真ん中くらいの会社で、マンションの一室に五人か六人くらい働いていた。みんな私服でパソコンの画面に向かっていた。私が来ても、誰も私の方を見なかったから、どんな人だったのかわからなかった。あと、これは駅名を忘れてしまったが、社長とそのお母さんが面接をしてきたことがあったがお母さんが私に辛辣なことばかり言ってきて、こりゃダメだと思ったが、私の経験上ダメだと思うと案外採用されたりするからニコニコと、
「そんなことありません、責任もってやらさせていただきます」
とか答えたが結局落ちたから損をした。そこはコンビニの二階にある会社で、時間まで私はそこで立ち読みをして過ごした。あと、銀色の趣味の悪いスーツの男の面接も受けたことがあり、これも駅から遠くて辟易した。

そういえば面接っていつも後から合否の通知がくるが、その場で言わないのはやはり気まずいからだろうか。他の人と比べたいというのもあるのかもしれないが、私が今まで受けた印象ではとても比べているようには見えない。とある印刷会社では白髪の痩せの社長が、
「もう自分の中では決まっている」
みたいなことを言い、それは私でないのは明らかで、その決まった人がいかに優秀かみたいな話を散々聞かされた。それでもこちらは一縷の望みみたいな感じで耐えなければならないから、まったく嫌な時代に生まれたと思う。

今働いているところでは、少しだけ余裕もあったから、筆記の合格の連絡の時に面接は平日にやるというから、
「仕事あるからじゃあいいです」
と断ったら、土曜なら休みだろう? と言われ土曜に日にちをずらしてくれた。それで土曜日に近くのパーキングに車を停めて行ったらアロハシャツのおっさんに出迎えられ、クールビズだから、と言われた。

面接では「こういう仕事だけど、できるのか?」とお決まりの揺さぶり質問があったが、何問かこなしていたら、だんだん向こうも面倒になったのか、
「じゃあ、決まりでいっかー」
と決まった。土曜だから早く帰りたかったのかもしれない。私としては合否不明のまま、またハローワークに行く手間が省けたからラッキーだった。だから、私はこのアロハシャツのおっさんに良い印象を抱いていたが、いざ働いてみると、この人に対する悪い噂を色々聞き、最終的にはあいつはカタギじゃない、というところまで行ったところで定年退職した。私としてはその後の人のほうがずっと嫌だった。