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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

朝考えていたことを今日の記事にしよう(記事にしよう、だって!)と思うがそのときに、
(書く頃にはもう忘れちゃうな)
という考えが頭をよぎり、そんなときは私の考えていることがあまりに揺るぎないから
(そんな馬鹿なことがあるものか)
と思うが、実際忘れる。忘れることじたいは忘れないから後者の
(そんな馬鹿なことがあるものか)
という思うのが、どこか滑稽で芝居じみている。もっと若い頃は忘れることを惜しいと思っていたが、特にメモをとったりはしなかった。しかし眠りにつく直前などの考えをがばっと起き上がってノートにとることはあった。夢日記というのもやったことがある。書いているときはこんなつまらないことを、と思うが後から読み返すと意外と荒唐無稽でおもしろかったりする。そういえば私はブログの記事でたまに見た夢のことを書くこともあるが、あれは夢日記とは違い、どちらかと言えばブログ用にパッケージ化されたシリーズである。夢に限らず見たことや聞いたことをそのまま書くというのは、とてつもなく骨の折れる作業である。私は表現に疲れちゃった人というのは、最後まで正確さという罠から抜け出せなかった人ではないか、とあまり考えずに思う。私にとってブログとは考えない練習である。

若い子の仕事ぶりを見ていて、どうしてそこにこだわるのか、というのがある。