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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

エンターテイメントとは過去であり理由である

この前ライブに行った帰り道、私は電車に乗って帰った。ライブ自体は四人で行ったが、方向が同じなのは私ともうひとりだけだったので、そのとき電車に乗っていたのは二人だった。いくつか駅をすぎると席が空いてきたので、私はすぐに
「座ろうぜ」
と提案した。友達は立ったままでも良さそうな雰囲気であったが、私は最近長い時間絶ったり歩いたりすると足と腰が痛くなるから、すぐに座った。友達もあとをついてきた。埼京線であった。私たちいくらか酒を飲んでいた。日曜なのですぐに店は閉まった。その場には別の友人もいて、彼は焼き鳥を頼もうとしたら、
つくねしかない」
と言われた。

座った私は、最近漫画を読んでいると登場人物の過去のエピソードがしんどいので、すぐ飛ばしてしまう、という話をした。「飛ばす」というあたりで、何百ページも一気に「ばばばっ」と飛ばすようなジェスチャーをしたので友達は笑った。「そんなに分厚い漫画があるか、辞書かよ」とでも言いたかったのだろう。私は「飛ばす」ことについて一応悩みの体裁を整え、何が良い趣味はないかと訊いてみた。すると友達は
「パズドラをやっている」
と答え、やはりパズルはまだいいが、ストーリーが鬱陶しい、と言いそれも良い趣味だとは言い切れなかった。私も昔メガドライブぷよぷよをやっていたとき、合間の敵と女の子のやり取りは問答無用のエーボタン連打で飛ばしていたから気持ちはわかる。友達は会社の人がやっているから自分もやっていると言い、確かにそれは楽しそうだと思った。

休みだったのでまた漫画を借りて読むことにし、「最強伝説黒沢(2)」と「彼岸島(1)(2)」を選んだ。黒沢がいきなり2巻なのは1巻が借りられてなかったからである。私はカイジは途中まで熱心に読んだから途中からでも問題ないと判断した。そうしたら字が多くてやはり途中からとばしとばし読むことになった。彼岸島はそこそこ面白かったが、肝心の島につく前に終わってしまったから残念だった。途中でいきなり卒業式のシーンが始まったから、
「え? こいつら高校生だったの?」
と仰天してしまった。高校生がいくら吸血鬼とはいえ、脳みそが飛び出るくらい頭を鈍器でなぐり、山中に車で埋めに行くなんて、末恐ろしい。主犯の男は親が二度か三度離婚しているという過去エピソードが紹介されていたが、そんなことでここまで思い切りが良くなるのだろうか。そういえば冒頭から「大学決まった」とか言っていたのに、卒業式に戸惑うのは何故だろうか、と考えたらこの主犯の男が口ひげなんかたくわえているせいだった。もちろん高校生だって髭は生えるが。

メンバーに色男(外見はとてもそうは見えない)がいて、彼の恋人がセーラー服を着ていて、私は
(高校生と付き合うなんて、やるなァ)
と感心し、吸血鬼と戦う話なのに、わざわざ年下と付き合う描写があるなんて、とほのぼのした気持ちになったが、結局彼らはただの同級生だった。(あるいは年下かもしれない)。

結局人数は多いほうが良いということで、卒業旅行と称してたくさんの人間を島へ連れて行くわけだが、その数時間前にはのんきに卒業証書をやり取りしているから笑えた。

エンターテイメントとは、人間の認知学の最先端を行くものであり、そういった認知の肯定の上に成り立っているものである、と読みながら思った。