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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

「自分らしさ」は永遠の課題ではない

永遠の課題、とか「○○は奥深い」という表現を頻繁に目にするが、それらはただその人がそう思いたいだけでは? と思う。根拠に乏しい、説得力がない。そういう言葉は偽のアクセサリーのようである。本物でもいいが。

自分らしさ、も同じ類の言葉ではないか。よせばいいのに、昨日も自分らしさに苦しむブログを読んでしまった。私に言わせれば自分らしさとは、円の中に四角を書くような行為であり、ただでさえ小さな円なのに、無理に四角を描こうとして、面積がどんどん小さくなる。四角が書き終わったら今度は円に戻る。とうぜん内接円である。結果何も書けなくなる。

ある程度続けると気づいてくるが、自分らしさは枷である。私も書きながら「またこの流れか!」とうんざりするときがある。そういうときに私は真ん中ら辺に戻って、そこから人とは違ったことを書くことが多い。あとは、できるだけ話し言葉で書くと良い。人って話しながら飽きる人ってあんましいないじゃないですか? だから話すように書くと、飽きずに書ける。話すように書くコツがわからない人は、この二つ前の文みたいに、同じ単語(ここでは「人」)を繰り返し出すと感じが出る。もちろん下手くそに書けということではない。

私事だが、最近では脳全体ではなく、前頭葉のあたりに独特のしびれを残すイメージで記事に取り組むことが多い。おわり。