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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

冷房

私は小学校5、6年のときに少林寺拳法を習っていて、それは4年のときにイジメられていて、最初はどうにか相手との関係を改善したいと思っていたが、だんだんと近寄らないほうが効率的なことに気づき、だから距離をとるようになったらあまり因縁もつけられなくなった。今思えばそういう距離をとることの一環で始めた少林寺拳法だったのではないか。少林寺拳法の教室は市内にひとつしかなく、私の学校で習っている人は私以外にひとりしかおらず、その人も学年はちがった。私の学校の人はたいていはサッカーか野球を習っていて、特に威張っていたのはサッカーだった。私はサッカーそのものは嫌いではないが、運動部の数の暴力的なものは嫌いだった。今の会社の後輩は野球部に学生時代は属していて、それは私からすると残念だった。彼がたまに横柄な態度になるのは、野球部だったからだと私は勝手に判断した。とにかく運動部の連中は自己中心的な人が多くて嫌だ。集団が人を愚かにさせるということは早い段階で気づいた。私自身も仲良しグループに入ってしまうと声が大きくなることもおり、あとから自己嫌悪に陥った。そういう意味で少林寺拳法は孤独に慣れる第一段階だった。孤独はつらいものだが、孤独でいる限り集団を正当に見下すことができた。もちろん少林寺拳法を続けるうちに友達もできたので、つらいのは最初だけだったが。

それであるとき少林寺拳法をやっていたら、師匠の人がその日は座学の日で教科書みたいなものを読んで、しかし体育館は暑くてやがて時間になったから、
「続きはクーラーの効いた部屋でジュースでも飲みながら読んでください」
と私たちに言い、それはまるで私たち全員がいいところの坊ちゃんお嬢ちゃんのような物言いだった。しかし確か私の家にはまだ冷房などなかった。クーラーはビデオよりもさらに後に設置された。ビデオを買ったのも遅かったから、クーラーはもっと遅かった。さらに扇風機も一台しかなく、それは今も一台しかない。私の今すんでいる家は各部屋に扇風機があり、風呂場の壁にもついている。どっちがスタンダードなのかは知らないが、私はとにかく扇風機の首振りとか、風が強くなったり弱くなったりするときのモーターの音が苦手だ。ここからは私の昔の家の話だがクーラーは台所に、扇風機は居間にあった。寝室にはなにもなく、そのため夏になると窓を開けっ放しにして、寝室の北側はトイレと洗面所になっていて、部屋の中を涼しくするためには北も南も窓を開けたほうがいいから、トイレの窓も戸も、夏は開けっ放しだった。あるとき友達が遊びに来て、
「トイレが丸見えで汚い」
と言った。