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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

イトーヨーカドー

昨日は昼間から飲み、帰りに妻が迎えにこれないと言うので、私は歩いて帰ることにした。妻には
「タクシーで帰る」
と言ったが、よく考えたらまだまだ早い時間でバスに乗るという選択肢もあったから私はバスの転回場に行って時間を調べた。そうしたらあと30分くらい待たなければならず、待っていてもいいなーと思ったがベンチがふさがっていたので私にしてみると立つのと歩くのだったら場合によっては歩くほうが気楽だと思い、歩いた。そうしたらいくらも歩かないうちにイトーヨーカドーの駐車場があって、そこは私が子供の頃に何十回と母が車を停めた場所であった。イトーヨーカドーは今は別の名のスーパーマーケットになり、駐車場は月極の駐車場になって無断駐車者には罰金2万円が科された。その駐車場はイトーヨーカドーの真裏にある駐車場で、なぜ真裏なのかというと、母は自分の運転技術に自信がなく、店舗の正面の駐車場なんてとても停められなかったからだ。あたりは暗くなっていて、改めて裏から建物を見上げると、よくもまあこんなに高い建物を建てたものだと思った。四階か五階建ての建物だった。よく子供の頃にみた建築物に大人になってから訪れると、その小ささに驚くというイベントがあるが、私は全く小さく感じられず、相変わらず高くそびえ立っていた。母は空いていれば駐車場の入り口のいちばんそばに車を停め、その後ろのフェンス越しに祠があったが、それはもうなかった。その向こうには昔渡辺篤史の「建物探訪」でも紹介された個性的な住宅があったが、今はみんな個性的だからどれがそうなのかわからなかった。もうつぶれてしまったのかもしれない。とにかくこの辺りはいろんな物がつぶれた。東日本大震災の影響で更地になった土地もあった。

不意をつかれたような懐かしさだった。今でも私は同じ土地に住んでいるが、買い物はショッピングモールに行くようになったし、電車も滅多に乗らない。私は子供時代のいつかまで、本当に年に30回以上はこの駐車場に母の車で来ていて、それは私の日常であり、日常とは死ぬまで続くものだと錯覚する。たとえ理屈ではそうならないことを理解していても、だ。私はよく「この日を後から思い返したら、どんな気分だろう」みたいなことを、かなり幼い頃からシミュレーションするような不気味な子供だったが、この駐車場だけは盲点で、それは誰にも雪の積もった日に誰にも踏まれていない雪のゾーンを発見したときと似ていた。

私はこの駐車場に最後に来たときのことを思い出した。それが最後かはわからないが、そのときは結婚して子供を近くのピアノ教室に迎えに来たときで、そのとき私は子供の迎えが済んだらその足で職場の人と飲みに行くことになっていた。そのため私は
「早く来ないかなあ」
と待ち遠しい気持ちになったいた。つまりあまり憂鬱でない飲み会であり、そのあと私は居酒屋で沢田研二を熱唱し、家に帰ってからトイレにゲロを吐くのだ。