意味をあたえる

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おせんぺさんと保坂和志

おせんぺさんという、ブロガーの方がいて、以前小説をすすめてくださったこともある。おせんぺさんに以前私が保坂和志の本に書かれていたことを記事に書いたら、「ぜひ、詳しく教えてください」と言われ、私もそのときは完全に記憶で書いていたから「今度図書館行ったときにでも探してタイトル教えますね」と伝えた。たぶん、「考える練習」か「魚は泳ぎながら眠るが鳥は飛びながら寝ない」だった気がするので、それらを読んでいればいずれ該当の箇所にあたると高を括っていた。私はそのときはその二冊しか読んでいなくて、今でもそれに二冊くらい上乗せしたくらいしか読んでいない。私はこの自分のブログで保坂和志についての記事をかなり書いていて、そういう好きなものについて一般常識的には網羅するものだが、私には一向にその気配がない。たとえすぐに読まなくても、一揃えするのがファンの務めなのかもしれないが、私は読まないものを手元に置いたり、本棚におさめるのが気に食わない。もちろんそんな悠長なことでは絶版になるリスクもあるが、それはそれで構わない。なんでもかんでも情報をたくさん保持すればいいってもんじゃない。

ここまで書いたことについては、「飽きっぽい」と一言卑下すれば済むことである。しかしやはりそういう風に決められたカテゴリーに自身を押し込むような書き方は、思慮が足りないと言わざるを得ない。私は前段落に書いたことについて、自分で書きながらこじつけだと思うぶぶんもあったが、だけれども私がどう思うかは関係なくある種の人は読んで「なるほど」と思ったに違いない。私は自分のことよりも、読む人のことを考え日々文字をつづっている。

ところでしばらくして、おせんぺさんに教えるべき内容を忘れた。たぶん犬か猫にかんすることだった気がするが、とにかく保坂和志の本はかならず犬か猫か人間が出てくるからどれがどっだったか判別できなくなってしまった。カンでかくと、保坂は犬猫を溺愛するから人間の子を持ったら毎日学校までついて行くんじゃないかと知人に言われ、本人もおそらくそうだと認める内容だが、これは犬猫ではなく人間だった。書いたら私が元気が出た。もっと自分の子を甘やかしてもいいという気がしたからだ。おせんぺさんは、生きるのがつらい旨の記事をよく書くが、それでも同じような感じの人がどんどん消滅していく中で、確か数日前にも記事を見かけ、いわゆる「健筆」であり、私としては嬉しい。私には人生のつらさがわからないので、なにも力にはなれないが。