意味をあたえる

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地下ピット

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私は地下ピットというものを知らなかったが、知っている人も大勢いる。理由のひとつとして私がアパートやマンションといった集合住宅に住んだことがないことが挙げられるが、住んでいても知らないかもしれない。消火栓か何かかと思うかもしれない。私はものごとを自分の都合よく考えるところがあり、昨日も朝ぐずぐずしていたら会社に行く時間が少し遅くなって、そういうときって急ぐじゃないですか? だけど私は不意に普段あまり通ったことのない道で会社に行きたくなって、それは明らかな遠回りだが、途中の線路と立体交差して踏切で待たされることがないから早いと思ったのだ。今の会社に入った頃、義理の親戚の家に行ったら勤め先の話になって義理の祖母と叔母がしきりに
「どこの橋を通るんだ?」
と訊いてきて私は確かに橋を渡って会社に行くが橋の名前なんて全く頓着しなかった。橋は名前を知らなくても通れるもののひとつだった。だから眉間に皺を寄せど忘れした風を装って、
「えーと、渡ってからちょっと行くと「しまむら」があって」
みたいなことを言っているうちに、ああ○○橋か、となった。私は霊能者にでもなったつもりで見たことのない景色を透視しているかのようだった。そうしたら祖母が
「遠回りじゃないンかい?」
と訊くからそこは線路と立体交差しているから意外と着く時間は同じなのだ、と説明したら納得した。そういう記憶というか感情があったから私は遠回りしてもへっちゃらだった。遠回りでは? と訊ねた人は死んでしまった。それは肺炎というか老衰だった。私はしかし、道がめちゃ混んでいて、計算はずれだったのはその道が駅のそばを通る道で、あとやっぱり距離は段違いに長いからどう考えても時間は余計にかかった。私はこの道で事故死したら、
「どうしてこんなに遠回りしたのか」
みたいに人々は不思議がるかもしれない、と考えた。私は特段遠回りが好きな性格でもなかった。しかし会社になかなか着かない、というのは楽しくもあった。遅刻しそうになりながら前を走る軽トラックを口ぎたなく罵ったりしたあとに、どうして遅刻しそうになるとドキドキするのか分析し、自分の奴隷根性が心底嫌になるのだった。明らかな遅刻(30分とか)じゃなければ、打刻忘れで済まそうかとも思った。しかし有給だってあるから、半休とってしまっても差し支えない。

話は変わるが我が家にも地下ピットはあり、それは私の家は戸建てであるが盛り土をしたところに立っていて、そこには勾配があり、そのため基礎が高いのだ。私はその家の基礎については全く知らなかったが、その家は増築を繰り返したため部屋によって床の高さが違ったりして、基礎が高かった。あるときそこに水が溜まっていると指摘を受け、私は全く関心がないから知らなかったが洗面台のそばに立つと常時水が流れるような音がして、家族はみんな首を傾げていた。私は前述の通り興味がないからあまり聞こえなかった。私の建てた家ならばもっと関心を持ったのかもしれない。義父が職人を呼んで調べてもらったらどこかの管がゆるんでんだか穴が開いてんだかで、地下に水が流れているとのことだった。ちょっとした沼のようになっていたらしい。前述の通り私は興味がなかったから沼にも目をくれなかった。それで職人はだいたいの水を掻きだしてくれ、しかしまだ水はのこっていて水たまりみたいになっているからあとは各自で乾かしてくださいということになった。しかし家の基礎に入るのは難儀だからと大工は洗面所の床に穴を開けて蓋をつけ、いつでも地下に行けるようにしてくれた。義父と義母は夏の間中そこを開けっ放しにして扇風機を下ろし、四六時中風をあてて乾かし続けた。しかし洗面台の前にぽっかり穴があき、私なんかはぼんやりしていることも多いから、いつか落ちてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。私はその頃は平日も休みがある会社に勤めていて、義母なんかは平日に自分以外が家にいるわけないという風に、洗面所で大口を開けるのだった、床が。