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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

小嶋陽菜

「こじまは」まで打つと予測変換で出てくるから便利だが、それって結局自分の領域外の思考ではないか、とスマホで書き始めた早い段階から考えている。しかし逆に領域内について考えると例えばワープロで打つ場合も自分が書けないような漢字が書けてしまうし、じゃあ紙とペンならばセーフなのかというと、すごく細くてインクの出の良いペンならば画数の多い漢字でもすいすい書けるが4Bの鉛筆だとか指先で書くとかならば難しい。紙というのも大変ありがたい存在で、もし砂浜に書くとかならば、十何文字書いたところで嫌になってしまうだろう。そう考えると自分なんてものは最初から存在しない。昨今AIという言葉をよく目にするが、いよいよAIに仕事だとかのお株を奪われたとき、我々はそもそも何のお株も持っていなかったことに気づかされる。あるいは持っていた時代もあったのかもしれないが、「AI、AI」と唱える度にちょっとずつ持って行かれている。あるいはAI自身も「俺たちの力だ」とか思ってくれればまだ可愛げもあるが、AIは人間を軽く超えるという話もあるから、可愛げはないかもしれない。

小嶋陽菜が一億円をもらうCMを最近よく目にするが、私は一億円はさすがにあげすぎでは?  と思った。小嶋陽菜の容姿に関して、である。あげるのはブラザー・トムで、CMにはもうひとり女の太った芸人が出ているが、彼女は一円ももらえなくて「ガーン」となる。しかしこの場合はもらえないほうがずっと幸せなのである。小嶋陽菜だって場面によっては一円ももらえないときもあるだろうから、さんざん甘やかされてある日突然「0円」はきついと思う。それはともかく、小嶋陽菜に一億円あげるくらいなら、もっとそれに相応しい容姿の女性がいると思うがCMはフィクションだから、「小嶋陽菜の容姿が絶対の世の中である」と私は自分の中のチャンネルを合わせた。私は普段小説とか読むくせに、たまにうまくこのチャンネル合わせがスムーズにいかなくて自覚的に「合わせよう」と思わないといつまでもグチグチと文句を言いたくなってしまう。文句というか「どうして?」と疑問が止まらなくなる。私は最初ブラザー・トムの神経が信じられなかったが、よく見ると彼らは原始人の格好をしていて、これは現代社会ではありえない出来事であることを示唆しているのかもしれない。

と、小嶋陽菜に散々なことを書いたがこれは私の好みの問題であり、あと私の家族は女ばかりで、女ばかりだとたいてい女性アイドルには辛口でそういうのがうつってしまった面もある。よく人と話していると特定の容姿を売りにする芸能人に対して「××のかわいさがぜんぜんわからない」とか、話術を売りにする芸能人に対して「△△のどこが面白いのか、全くわからない」とわからない自分がさも偉いという風に語る人がいるが、その人は人より感性が劣っているだけである。よく人は人と感性が違うことを良いぶぶんと評価するが、それは周りの人がわからない面白さや美しさを感じられた場合のみに限られるから理解できないことを大声で言わない方が良い。