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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

雨のち晴れ

会社のちょームカつく人としゃべって、最近はそうでもないかなあと思っていたが、やはりあのお役所感あふれる態度が我慢ならない。「お役所」という場所がどういう場所かは正確には知らないが、まず第一にこちらの質問に嫌々答えるというのがある。「質問の意図がわからない」みたいなことをすぐ言う。私が前に勤めていた場所でもそういう人がいて、その人は「本部」という場所にいて、何を聞こうとしてもまずは番号を言わなければ始まらない。番号とは会員番号である。私は一般論として「こういうケースにはどう対応したら良いですか?」という聞き方を好むが、この手の人たちは絶対にそれを認めない。もしかしたら話の主導権を渡すのが、何よりも我慢ならないのかもしれない。私のものの訊き方がアホなのかもしれないが、私以外にもアホはたくさんいる。私だって質問を受けたとき、今朝もあったが、
「○○運送がコンビニに停まったらエンジンが動かなくなっちゃって......」
と朝会社について着くなり言われて、一体なんのあらすじだろうと思い、結局それは単に荷着が遅れますという話で私は「で? だから?」と言いたい気持ちをおさえて辛抱強くドライバーのとった行動の報告を受け、最後にはちゃんと「ありがとう」と労った。そもそもドライバーが言い訳がましいだけの話かもしれない。まるでロシアの小説だ。まわりくどいのは小説だけにしてほしい。小説を読むとき、いったいこのやりとりはなんだろうとか思うが、それがないと小説ではないのである。なんだろう? と思える私は幸せだ。例えば「このシーンは読者になんとかという印象を受けさせるためにあり、後々のなんとかというシーンにつながる」みたいな分析が隙間なく出来てしまえば、もう読む意味などなくなってしまう。もしかしたらストーリーと呼ばれるものは、すべて作る側の計算で紡がれるというのがポピュラーなのかもしれないが、それこそ「あらすじ」なのである。

私は仕事に対してもっと小説的に取り組む必要があるのかもしれない。