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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

奥歯

昨日から子供が歯が痛いと言い出し、それは一昨日とかもっと前からだったが、痛いときと痛くないときがあると、人は痛くないときこそ本来だと思ってしまう。私は他人事だから痛かろうがそうでなかろうが関係ないと思うが、家族だから厳密には他人ではなかった。いや、厳密には他人だが、非・厳密には他人ではなかった。しかし私が休みのときに狙いすましたように「歯医者に連れていけ」と指示する妻に不公平をかんじた。前々日に私は「明日は歯医者に連れて行ったほうが良い」と妻にアドバイスし、妻は休みだったが「忘れた」の一言で済まされた。私だって忘れてしまいたかったが、その辺のフォローは妻のほうがしっかりしていて、妻は仕事が終わるなり「歯医者」とメッセージを送ってきた。朝に診察券やら保険証を渡されているから、忘れようがなかった。

歯医者に行くと子供ばかりがうじゃうじゃいた。私の子供は予約なしで行ったから待たされると言われたが、案外早く呼ばれた。隣では女が自分の子供になぞなぞ絵本を読み聞かせていた。なぞなぞ、の言葉の意味から教えていた。熱心な様子であり、「未就学の子供には親ができるだけ絵本の読み聞かせを行ったほうが良い」というネットの情報を鵜呑みしたのだろうかと思った。女は髪を金に染め、とても普段本に親しんでいるようには見えなかった。例えば「本なんて文字ばかりで眠くなる」という人が子供に読み聞かせても、私は意味がないと思う。意味はあるだろうが、親側がストレスを溜め、違う場面でそれを子に向かって発散したらマイナス面のほうが大きいから結局意味ない。絵本は絵があるからマシなのか、しかし子供向けの大してひねりのないストーリーを読んでも退屈なだけである。だから絵本の読み聞かせは、絵本が大好きだ、子供の有無に関係なく絵本を定期的に買ってます、くらいの人でないと意味はない。

ということをぼんやり考えていたが、女の声がやわらかくて本当に読み聞かせているかんじだったから
「いいなー」
と思った。私の子供は私や妻に読み聞かせてもらったことなどほとんどないから、読み聞かせてもらった記憶などないだろうし、私もまた、親に本を読んでもらった記憶はない。本どころか、遊んでもらったこともあまりなく、私がおぼえているのは「遊んで」と頼んで「あとで」と言われ「あとで」というのはどのくらいの時間なのかはっきり教えてほしいと頼んだことくらいだ。だから、と言ったらいかにも子供っぽいが自分の子供に「遊んで」と言われると「なんで?」と思うが、結構遊ぶから私は良い親だと思う。