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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

金返せ

朝に少しドライブをして、知っている道を走ったが、久しぶりのところもあって、更地だったところに家が建ったり、逆もあったり、そうしてへこんだり出っ張ったりした空間に違和感をおぼえた。昔、私が通っていた中学の近くに古めの建物があって、表に全車輪がパンクした軽バンが停まっていて側面に黒のスプレーで
「金返せ」
と書いてあった。車のボディは銀色だった。消費者金融とか、カイジとかそういうのが流行った時期だったから、意味合いは理解した。もしかしたら、債権者側も、そういうドラマの影響で落書きしたのかもしれない。あるいは単なるイタズラだったのかもしれない。どちらにしろ学校の目と鼻の先にそんなものがあるのはいかがなものかと誰かが言いそうだが、「金返せ」はしばらくのあいだそこにあった。

その頃私はもうすでに中学生ではなく社会人で、車を運転するたびに「金返せ」を目にしていた。中学の頃にはまだ金は返せていたのだろうが、それ以前にそこは私の家とは逆方向だから通ったことのない道だった。すぐそばに関越道の高架があって、その向こうは未知の世界だった。もちろんその世界にも人は住んでいた。彼らは私の住んでいるところよりも勾配のきつい坂道に住んでいた。なぜそれがわかるのかと言うと、あるときその地域の住人を私の家に招待したときがあって、そのとき私の家でいちばん急な坂を案内し、登ったあとに相手を気遣ったら、
「言っちゃ悪いけど俺んちのほうの坂の方がぜんぜんきついよ」
と教えてもらったからである。そのとき私は少しは悔しさをかんじたのかもしれないが、どちらにせよそんな高低差のきつい地域に住むのは嫌だった。車の免許をとるとそっちのほうに行くことも多くなったが、車で通ると坂のきつさなどまったく頓着しなくなった。私の自慢の坂は、その当時未舗装で地面をえぐったような道で両サイドから樹木の根が露出していて昼間でも薄暗く、竹藪もあり、キジが住んでいた。幼い頃は怖かった。小学二年の時に「私の宝物」というテーマで作文を書くときに私には当時(今も)宝物などなかったから、「宝物は竹藪に隠してある」とデタラメ書いたら市の文集に選ばれて焦った。