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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

内出血

一昨日にドアに小指を挟んで内出血した。引き戸である。想定していたよりもドアの滑りが良く、勢いづいたドアの端に、小指だけ逃げ遅れたのである。子供が一緒にいて、子供は常に大人よりも先に行きたがるからこんな惨事が起きたのであり、もし大人が先なら私は自分が部屋に入ったあとにドアは閉めないから小指を挟まずにすんだ。だからこの惨事の責任の一端もあるはずなのだが、子供は無邪気に
「どうした、どうした」
と、好奇心むき出しに私がうずくまる原因を探ろうとする。指先を見せてみろというが、それだって変色する皮膚を観察したいだけだ。以前私の子供は学校の窓に指を挟んだことがあり、保健室へ行ったら氷で冷やされ、その後に内出血した。それと同じ症状だと判断し、先輩ぶるのである。私もそのことを聞いたときには好奇心むき出しに、
「泣いた?」
とか訊ねたが、もうそのときは痛みもだいぶ引いていたはずだから、私が質問するのはそれほど不躾ではないのである。一方の私はまさに痛みの絶頂であり、小指を太ももの間に挟んでうずくまり、ただ「いてえ、いてえ」と悶絶することしかできないときに、紫色に変色した後に、指紋の線にそって赤いつぶつぶが浮き上がって気持ち悪い、という話を聞かされても対処のしようがない。平常時なら「数の子みたいだね」とか気の利いたことも言えるが、とても平常とは言えない。息も絶え絶えに「指が...ドアの隙間で...」と言うのみである。

私の妻も好奇心むき出しの女で、過去に私が階段を踏み外したことがあって、そのときは妻が階段の途中にコストコで買った韓国のコムタン麺の箱を置いていたせいて、それが階段の足を載せる区域を半分以上占拠し、私がそれを認識せずに思い切り踏みつけて転落したのである。私が転落したのである。妻としたらどうしてそんな大きな物体を見落とすのか理解できなかったが、私だってどうして人の通り道に物を置くのか理解できなかった。私は階段を上り下りするときは、特にぼんやりすることが多いのだ。足をしこたまぶつけ、うずくまる私に妻が「どうした、どうした」と駆け寄ってきた。大人ひとりが階段から落ちたから、相当な音が家中に響いたのだ。妻は何が原因で私が階段を踏み外したのかしきりに知りたがったが、私としては「あっちへ行け」と言うのが精一杯だったので、妻も怒り出した。そのうち妻の父もやってきて「どうした、どうした」と訊いてきた。親子なのである。そう考えると私の実家の人たちの他人に対する関心のなさが、恋しくなった。それからしばらくして、今度は中学生の娘が階段を後ろ向きに転落し、その様子を私は上から見ていたが、後ろでんぐり返りのようなかんじで上から下まで落ち、よく大したケガもなかったと今でも思う。そのときも妻が「どうした、どうした」とやってきたから、私は「けが人は痛みをやり過ごすことにエネルギーをつかわなければいけないから、今はまともな受け答えを期待してはいけない」と諭した。私の家の階段は急なのである。かつて私の妹が家に来たときに、「こんな急な階段の家は珍しい」と言っていて、私はそうだろうか、と思ったがこれだけ人が踏み外すのだから急なのだろう。手すりが着いているので、私はどんなに余裕があるときでも、以来手すりに手を置いて階段を上り下りしている。そのうち手すりが根こそぎ取れたら嫌だなと思う。