意味をあたえる

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コンビニでゲームソフトが買えるようになったとき

2000年になる少し前からコンビニでゲームが買えるようになり、それまで公共料金以外でコンビニの買い物が1万円近くになることはなく、ましてや当時私はまだ高校生だったから、公共料金といってもイマイチぴんとこなかった。そんなときにゲーム好きの水川というやつがコンビニでゲームを買ったことをネタに、合計が何千円にもなったレシートを見せつけてきたから「だからなんだ」と思った。水川はその

バイク好きの女好きになった。なんでも好きにならなきゃ気が済まないタイプなのである。私は水川と反比例して色んなものに対する興味を失った気がする。そう考えると水川と私は表裏一体の存在なのである。私の「すべてのものに興味を失う」というのは言ってみればただの格好つけなのだが、水川にしたってスケベがすべててはないから、そういうぶぶんでも私たちはうまくバランスをとっていた。水川は鼻の周

りにそばかすがあって極めて地味な顔立ちで、とにかく頭が悪かった。バイクの免許をとって、もしかしたら悪になったのかもしれないが、素朴な顔立ちのせいで、やはり悪にはなりきれなかった。私はよく水川の頭の悪さをからかい、そのうち水川はマジギレするようになった。私たちは当時どのくらい仲が良かったのか、もうおぼえていない。水川は私のことなどもう死ぬまで思い出さないのかもしれない。水

川はあるときFF7をやっていて、私はそれを後ろから眺めていた。そうすると私は水川の家にも遊びに行ったことがあるということだ。私はプレイステーションで発売されたFFのグラフィックについて綺麗だと思ったが、特にやりたいとは思わなかった。私のゲーム熱はスーファミがピークで、FFは5と6しかやったことがない。4も途中までやったが、飽きた。6は以前にも書いたが「うまい魚」を捕まえるのに一生懸命で、それ以外におぼえていることといった

ら、ナルシェという街があって、それを紹介するファミ通というゲーム雑誌があって、その記事でナルシェへ行けというページで「ナ~ルシェ、レッセ♪」とタイトルが振られていて、これはなにかというと、当時「マ~ルシェ、レッセ♪」というCMが流れていてそれを意識したものです。マルシェはカレーかなにかだったが忘れた。とにかくその歌は誰でも口ずさめるくらい一般的だった。あと放置されていた牛肉を

たまたま主婦が発見して保管していた玉ねぎと一緒にハッシュドビーフをつくるというCMも「あら、こんなところに牛肉が♪」という歌とともにみんなの心に刻まれた。当時色んなところで「牛肉みたいな高級食材を放置したままわすれるなんてけしからん」みたいな批判がされていたが、主婦はただふざけて歌っただけで、たとえば誰だって自分の母親を今日初めて出会ったかのように接することは誰だってしたことがあると思う。そう考えると今批判の的になっているものも、十年二十年経ったらとても馬鹿らしくなる気がする。