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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

犯人はすぐそばにいる

男性トイレは大と小でわかれているが、小をねらうのが下手くそな人がいる。私はトイレ掃除もやるからいつも
「ああ、今日も外しているな」
と思いながら床を拭くが、たしかにうっかり飛び散ることもあるから特に思うこともなかったが、少し飛び散りすぎやしないかというのが少し前から目につき、今日なんかは飛び散りホヤホヤのまだ乾ききっていない小便があったから驚いた。いわゆる「犯人はまだそばにいる」という状態である。奇しくも今日は営業が早出でひとりもおらず、あと年がいった人も休みで必然的に犯人が絞られ、私はむしろそのことを苦々しくかんじた。容疑者が多ければ大声で「ふざけんな」「マジ引くわ」みたいなことも言えるが、これからは(もしかしたらこの中にいるのかもしれない)とか思うと腰が引けてしまう。朝礼で「もう一歩踏み込みましょう」などと注意喚起すればいいのだろうか。相手はいい大人である。私はてっきり年取った人が犯人かと思っていたが、今日の出来事でむしろ若い人がアヤシいと思うようになってしまった。確かに直径1センチ以下の飛び散りならば、がさつな人なのだろうが、私が見たのは5センチちかくあり、こうなるとただの無神経である。拭けばいいだけの話なのだ。とても大きな性器の持ち主なのかもしれない。いつも便器の右側に飛び散るから、右向きなのだ。そうすると犯人はさらに絞られる。しかし人前でズボンを下ろせなどと言えるだろうか。一方で私は自分が犯人でなくてよかったとも思っている。失敗はだいたい自分の思いもよらないところで発生するのである。

事件の何時間か前に道端に佇む人を見かけ、私は一瞬立ちションかと思った。男が前屈みになってうつむくと、だいたいそういう風に見えた。よく見る燃料かなにかを補給しているだけだった。そういえば立ちションする人を見かけなくなったと思った。立ちションと煙草のポイ捨てと、どちらが早くこの世から消えるかなどと考えたことがあったが、ポイ捨ては今でもたまに見かける。

自分が最後に立ちションしたのはいつだろうか。昔は庭でもしていた。妹もよくしていて、もちろん妹はしゃがんでしていた。入り口のそばでするから私は「恥もへったくれもないな」と思っていた。自意識など芽生えてなかったのだ。だけれども一方で私は、妹は生まれたときから自意識を持っていたような印象を持っていることに気づいた。よく泣かしたが、妹は私よりも頑丈で強い女だった。父よりも強い。ワールドカップよりもジャニーズと韓流が好きで、他の家族がワールドカップを居間で見ることを禁じたこともある。私もひょっとしたら現役のサッカー選手の名前よりも、現役のジャニーズタレントのほうが名前をたくさん言えるかもしれない。