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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

ブレーキを踏みながらアクセルをふかす

将来これこれこういう仕事はコンピューターにとって替わられますみたいな話がある一方で少子化というものがマイナスイメージで語られることにちぐはぐさをかんじる。これらの話は同時に語られることはまずないがしかし割と近場で目にする。インターネット上ではこのどちらかの話に絡めば大きく足を踏み外すことはない。不安の二本柱なのである。しかし一緒にしてしまうと「あれ、実はこれ好ましい状況では」と思ってしまう。二つの継ぎ目がぴったりと合うことはないだろうが根本的な問題解消を狙うより継ぎ目をどうにか合わせるほうがよほど簡単に思える。


どうして少子化とコンピューターに仕事を奪われる問題が同時に語られないかを考えていくとやはり人には不安というのがなくてはならないんじゃないかという気がしてくる。資本主義という言葉をずいぶん昔から使ってきた気がするがそもそもそれってなんなの? という疑問に答えられないのは私が渦中にいるからなのか。社会主義のほうがよほど簡単で誰でも「日本は実はよくできた社会主義国家だった」と言えばよくもののわかっている人だと相手に印象づけられるし日本=社会主義国家という理屈はすんなり腑に落ちる。あと社会主義はダメでしたというのも格好がつく。過ぎ去ったもののほうが評価は簡単なのだ。


「ララランド」という映画を見てそれは最新の人気映画だから見たというと何人かに「どうだった?」と聞かれ「歌は良かったけど話は退屈だった」と答えそれがテンプレートとなって果たして私はあの映画にそんな印象を持ったのか疑問を持つようになった。それはどこかの映画評論家の言葉だったのではないか。確かに話が進むにつれ夢とか愛とか子供っぽくて映画館を出ようかと思ったが最後まで見て映画館を出て夢遊病のようにふらふら歩いて私はあのとき確実に別世界にいた。そこはショッピングモール内の映画館で朝いちばんの回でそこに行ったが最初は空いていたが出てくるころにはたくさんの人であふれかえっていた。そういう人たちの顔を私は異様なものでも見るような目つきで見ていた。