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意味をあたえる

文章としかいいようがない fktack@yahoo.co.jp

自己嫌悪

主に仕事で思ってもいないことを口にすると自己嫌悪をかんじる。仕事以外でも相手の容姿などで特に秀でているわけでもないのにうっかり褒めてしまうとお調子者の自分に嫌気が差す。私はとても優しい性格であと頭もいいからこの人はこういう風に言ったら喜ぶだろうなという正解が頭に浮かぶことが多いのでついつい気持ちのよい言葉を並べてしまう傾向がある。もちろん相手も馬鹿な人ばかりではないから私が本気で思っていないのは見抜いているだろうがお互いにこうすることがエチケットだと言わんばかりに今度は向こうも誉めてきたりする。しかし褒めないことも多い。私はこうして毎日言葉を並べながらその実不適切な使い方で言葉を貶めてしまっているのである。


一方でバカスカ本音を並べてくる人も苦手だ。私はすぐに解決策を提案する人が嫌いだ。私は一見悩んでいる風な話をすることがあるが他人に話す段階のものはすでに自分の中に解決策があるか策を練るまでもない些末なものかあるいは逆にノーベル賞級のアイディアが必要なことである。だから相手の提案は的外れか「んなことはわかっているよ」というものばかりだ。私は相手とのコミュニケーションのために場を持たせるためにあるいはちょっと馬鹿を装って相手に優越感を抱かせるために話しているだけだから本格的に話に乗らないでほしい。


一方で私はというと実は私は解決策マニアでそういう話がでるとすかさず「こうしてみれば?」みたいなことを言い妻などに煙たがられる。だから私が解決策を出されるのに苛立ちをおぼえるのは同族嫌悪だ。私の解決したい欲を満たしながら相手にも不快感を抱かせないために私はそういうときはなるべく突飛なことをギャグっぽく言うよう心がけている。昨日は会社の飲み会だったが私はわざわざ「突飛ですけど」と頭にわざわざつけて解決策を提案した。相手が上司だったから気を遣ったのである。上司は私がうざかったのかそのうちどこかへ行ってしまった。


しかしなんにせよいちばんの自己嫌悪は自分が主張しすぎてしまったときで相手が調子に乗ってあれこれご高説を述べているときなどはつまらないし不愉快だが私の方はしゃべらずに済んでいるので心の奥底では安堵しているのである。